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2013年10月

2013.10.17

Bohemian Blues 4

 温泉宿での住み込み生活もすでに一ヶ月半ほどになる。
 どうやらここでの仕事にも慣れて、生活のリズムもほぼ一定してきたようだ。いや、一定してはいたが、それに馴れたといった方がいいのかな。
 いままでの生活と大きく違うのは、一日が二分割されてしまうところだろうか。
 仕事の性格上、午前の部と夜の部に分かれてしまう。食事の用意と布団の上げ下ろしがメインだから、どうしても朝食のための仕事と、夕食のための仕事といった形になる。
 朝は 6 時半前後からはじまり、配膳の用意をすると布団上げをして、それから食器洗いと午後の準備で終わる。いろいろと雑用もあるが基本的にはこれがひとつの流れだ。
 その日によって終わる時間は変わるんだが、10 時〜 11 時頃に終わり、それから朝食を摂ることになる。

 午後は 15 時開始。まず昼食を摂り、それから配膳の準備がはじまる。用意が終われば今度は布団敷きだ。それから食器洗いと明日の準備。朝とは料理の量も違うし、またアルコールがでることもあって、夜の部の方が時間は長い。
 それでも 21 時〜 22 時頃には終わる。
 それから夕食を摂り、一日の仕事は終了だ。

 仕事を終えて寮に戻ってすぐに寝ればいいんだろうが、しかしやはり仕事を終えたあとはちょっとのんびりしたい。
 ということで温泉につかって、軽く一杯やっているとどうしても日付が変わる寸前まで起きていることになってしまう。そうなると睡眠時間は 6 時間を切ってしまう。
 人によってはそれで充分なんだろうが、ぼくの場合はこれではどう考えも睡眠時間が足りない。
 そうなると昼の間にどうしても仮眠しておかないといけないことになってしまう。
 おもしろいもので夜の睡眠よりも、昼の仮眠の方が睡眠は深いようだ。爆睡といってもいい。あまり長い時間、昼寝をするわけではないからということもあるんだろうが、目が醒めてから起き上がるまでにどうしても時間がかかってしまう。酷いときだと、ウトウトしながら 30 分近くも布団の中にいてしまうこともあるほどだ。

 それはともかく、だいたいこんな形で一日を過ごしている。
 となると、なにかをやる時間がどうしても限られてしまう。
 夜はアルコールがデフォルトでセットになっているので、昼間の空いた時間にということになる。たとえば原稿書いたり、あるいはメールや Web 関連での仕事となると、昼寝のあと、15 時までの間ということになる。
 さっきもちょっと書いたが、昼の目覚めがかなり悪いので、そのあとなにかをしようとすると気分的な区切りが必要になってくる。
 ということで、ぼくは温泉につかって眼を醒ますことにしている。
 12 時半から 1 時頃までが午後の温泉タイム。で、そのあとはいろいろな作業時間をするための時間だ。準備の時間なんかもあるので、どうしても集中できるのは一時間半ほど。この 90 分が勝負ということになる。
 これで充分なのかどうなのか、それは集中力とその間にやっていることの内容ということになるんだろう。

 たった 90 分だとしても、その間、畳の上に直置きした iMac に向かってタイプしていると腰にかなりの負担が来る。
 なんとかデスクと椅子で仕事をしたいんだが、しかしこれというデスクセットがない。
 なにか荷物になるものを買う場合、いまのぼくは車で移動できるかどうかをひとつの判断基準にしている。以前にも書いたけど、ぼくの生活に必要なものすべては車にそっくり載っているためだ。これ以上なにか荷物を増やすことは考えていないし、運送屋に依頼して運ばなければいけないものを、いま購入する気はない。
 となると、簡単な組み立て式のデスクセットなら可能、ということになる。いちおうホームセンターで探してはみて、これならというものはあるにはあったのだが、デスクの耐荷重がたった 10kg ということであきらめることにした。脆弱なデスクに iMac を乗せて、それであれこれ仕事をするのはやはり不安だからだ。

 以前はちょっとした合間に、畳の上でゴロリと横になり背筋を伸ばすことでなんとか凌いでいたが、しかし生活自体に椅子がないと腰への負担はやはり大きい。
 夜、iMac で映画を観るときも畳の上で胡座をかいてという生活を続けていると、どうしてもなんでもいいから座りたいという欲求が出てきてしまう。
 ということで、苦肉の策ではないが、いまぼくはキャンピングチェアを部屋に持ちこんで、なにもしないときなどはそこに座ってのんびりすることにしている。
 そう逗子海岸で寛ぐときに使っていた椅子だ。一畳のカーペットを買ってきて、その上でこの椅子を使うようにしている。
 まぁ、見栄えとかそういった観点から考えると確かにおかしいのかもしれないが、いまのぼくのポリシーということで考えればこれはこれでありなのだ。
 夜、映画を観るときや、音楽を聴きながらちょっと酒を呑むときなどは、このキャンピングチェアにどっかりと座ってのんびりしている。これだと腰にかかる負担は若干だが軽減されるようだ。
 ただ、ちょっと不便なのは、グラスを置くためのテーブルがないということ。
 できたら、海岸とかでも使えるコンパクトなものがあると最適なんだけどね。と、そんなわがままなことを考えながら、夜はのんびりと焼酎など呑んでいたりする。

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2013.10.01

Bohemian Blues 3

 高校の頃だろうか、ストイックな生活に微かな憬れを感じていたことがある。
 ストア派の哲学のことなどまったく理解していなかったのにと片腹痛いけれど、あの頃はもっと単純に淡々と禁欲的で厳格な生活みたいなイメージを抱いていたと思う。
 まぁ、禁欲的というのもまたまた概念的な言葉で、さていったいなにが禁欲なのかということを考えていくときっと収拾がつかなくなるんだろう。けれど、ともかくその当時は贅沢品とは決別するみたいな理解をしていたようだ。たとえば、アメリカの農夫のような生活といえばいいだろうか。
 まぁ、ヒッピー文化にかぶれていたこともあるから、そのあたりの突っ込みは勘弁してもらいたい。

 ただ、この頃の憬れの気持ちというのはどこかでずっと引き摺っていたようで、正直にいうと今回の住み込みを決意したことにも若干影響している。いまだにストア派の哲学など理解はしていないが。
 ただ、規則正しくやるべきことを淡々をこなして生きていくというイメージが、ぼくの中で正しい生活のひとつとしてインプリンティングされていることは確かなようだ。
 そんなこと、いまではまったく正しい生活だとは思っていないが、しかし、頭の中での考えと、その昔に抱いたイメージとはなかなかうまく折り合いをつけられないことがあって、わかっちゃいるけど止められない類のひとつであることは確かなんだろう。

 で、いま朝早く起きて、それこそ労働に勤しみ、昼間は休憩をして、また夜まで労働して、仕事を終えると一杯やって布団に潜り込む生活をしている。
 でも、これストイックでもなんでもないよなぁ、といまでは実感している。
 ぼく中でのあの憬れはなんだったんだろう?

 確かに、なにかを選択する自由というのはとても限られていて、禁欲的といえばそれまでだけど、その反動が休みの日に来たりするとまったく意味をなさないしね。
 ただ、この生活を選んだからには、なにかを成し遂げないと駄目なんだろうと思う。
 自分の中ではきっと理解している目的がきちんとあって、それを達成するために、いま日々を送っているはずなのだ。
 ということで、ただ労働に振り回されるだけではなくて、自分にしかできないことをすこしずつだけど毎日実行している。それが花を咲かせて実になってくれるのかどうかは判らない。
 でも、そのためにいま生きているのだと思うようにしている。

 しかし、アメリカの農夫に憧れるというのはどこかトチ狂っていると思う。
 いまぼくがしたい生活はどちらかというとカーボーイ的な、いや違うな、もっとストレートにいってしまえばサーファー的な生活だろう。山の中にいるしかないぼくは、毎日、海の写真を眺めながら労働している。
 いつになれば、あの潮風を好きなときに浴びられるようになるんだろう。そんなことを思いながら、今日も労働に勤しんでいるわけだ。

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