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2013年6月

2013.06.26

海のある街    9'8 9

 天気がとてもいい午後だった。そのせいでウインドサーファーたちがあちこちにいる。彼らの立てる波は避けたかったので、できるだけ人のいないところへいこうとしたが、ちょっと無理をしたのかすぐにバランスを崩してしまい、ぼくはボードから海へ落ちてしまった。
 すぐに浮き上がると、リーシュを引っ張りボードを引き寄せる。
 ボードに掴まりながら、けれどぼくは嬉しくなっていた。
 SUPの楽しさを身体が思い出したような感じだった。
 そう、こうやって海へ落ちるのもSUPの楽しさのひとつなのだ。ぼくはそう思いながらボードの上に上がると、また立ち上がった。
 海の上を渡る風を全身で感じながら、ゆっくりとパドルを漕ぎはじめた。
 一度、自転車に乗れると、ずいぶん間が開いても大丈夫なように、ぼくもしばらくすると以前の感覚を取り戻したようだった。全身を使ってパドルを漕ぎ、多少無理な体勢からコースを変えたりしてみた。
 何度か海へ落ちたけど、しかしそれはとても楽しい体験のひとつだ。
 ぼくは海へ戻ってきた。
 そんな手応えを感じながら、この日はともかくSUPと海を思う存分楽しんだ。もちろんボードから落ちることも含めてだけど。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.25

海のある街    9'8 8

 どん底の時期といってもいいかもしれない。たとえ海へいくことがあっても、それはつねになにか悩み事を抱えたままで、なにかを楽しむためではなく、ただ沈んだ色の海を見つめて溜息を零すことしかできなかった。
 その悩みのすべてが解決したわけではなかった。
 けれど、ようやくなんとか前を向いて歩いていくことができそうな時期になっていた。もちろんその代償としてぼくは妻を失うことになったけど。そして、いわゆる家庭というものの同時に失っていたし、また時間も失ってしまっていた。
 ただ、ちいさな一歩かもしれないが、しかし前へと踏み出せたとき、まずぼくが再開したかったのは海を楽しむことだった。
 その手段のひとつはもちろんSUPだ。
 美由紀さんと海の時間を過ごしてから二週間ほどが経った週末。ラッシュガードを着たぼくはようやくパドルを握って、海へと漕ぎ出すことにした。
 はじめてSUPを体験してから二年も経っていた。
 インストラクターのレイさんは、ぼくの再開を大いに歓迎してくれた。
「すぐに元の感覚を取り戻せるよ」
 そういってぼくを海へ送り出してくれた。
 とはいうものの、ぼくにしてみればドキドキものだ。まったくの初心者とはいわないまでも二年振りのSUPだった。まずは座ったまま海へと出ていくと、足がつかないぐらいの深さのところまでいってから、ボードの上に立ってみた。
 足が小刻みに震えている。
 はじめて立ったときとはほとんど変わらない。
 まわりをゆっくりと見回してみる。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.24

海のある街    9'8 7

 SUP初体験を終えたぼくは海の上で味わった興奮を抱いたまま帰宅した。
 すぐにいろいろなWebサイトをMacで検索して、SUPについて書いてあるページがないかを探した。けれど、国内のサイトだとスクール関連か、あるいは物販関係のページがほとんどで、その楽しさを記したブログなんかを見つけることはできなかった。
 それでもYouTubeにはいろいろな映像がアップされていた。
 もちろん、そのほとんどはアメリカ発信のものばかり。当然といえば当然だ。
 乗り方をやさしく解説したものや、あるいはサーフィンやクルーズ楽しんでる映像なんかもあった。
 どうやらアメリカではすっかりマリンスポーツのひとつとして定着しているようだ。
 ぼくはSUPの楽しさにどっぷりと填ってしまったようだ。
 そのあとも何度かスクールに通い、足下を見てもバランスを崩さないようにはなった。自由自在にどこかへいくという訳にはいかないし、波に乗るなんてこともできなかったけど、それでも大いなる進歩だ。
 パドル操作にしても身体全体を使って漕ぐことができるようになってきたし、のんびりと風を受けながらクルージングができるようになっていた。もっともちょっとした横波をくらうと、バランスを崩して落ちてしまうことはあったけど、けれど、ボードから落ちることひとつにしても、ずいぶん慣れて、どんな態勢なら立て直すことができるのかもわかりかけてきた。
 SUPを楽しんでます、といった顔をしてパドルを漕ぐことができるようになったといってもいいだろうか。
 夏が終わり、秋が訪れ、海水の温度も徐々に下がりはじめ、ラッシュガードなんかを着ないと海へ入ることができなくなってきた頃、しかし、ぼくは好きなときに海へといくことができなくなっていった。
 ひとつは家庭内の不和ということがあった。
 そしてもうひとつは仕事のトラブルだ。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.21

海のある街    9'8 6

 ゆっくりと大きく息を吐く。
 海面を渡る風が気持ちいい。
 ぼくはパドルを漕ぎはじめた。
 他の人たちは慣れているからか、葉山の灯台の先の方へといってしまったようだ。さすがに、いまのぼくにそこまでいく技量はない。
 まず、ボードに慣れること。
 そう考えて、パドルを漕ぐ。
 でも、ちょっとしたことですぐにバランスを崩してしまう。そうなるとボードから海へ落ちてしまうことになる。いったん崩れたバランスをその場で立て直すことができないのだ。
 すぐ近くをウインドサーファーが横切っただけで、ぼくは海へ落ちる。遠くを走るモーターボードが立てた波がやって来ただけで、また落ちる。
 そんな具合で、いったいどれぐらいボードから落ちただろう。
 でも、その度にすこしずつではあるけど、バランスの取り方が解ってきたような気がした。もちろんまだ習得したというわけではない。
 そんなぼくだったが、海へ漕ぎ出して、そして海の上を渡る風を感じながら、その楽しさを味わうことができるようになっていた。
 爽快な気分だ。
 目の前には太平洋が広がっている。
 左手には葉山の灯台、右手には大崎。
 大きく弧を描きながら方向転換してみる。逗子の砂浜が遠くに見えた。
 ぼくは海の上に浮かんでいる。
 うねりに巻かれながら海を泳いでいるときに味わうやさしさとはまた別の感覚だ。自然と顔をつきあわせているそんな感じがするのだ。身体全体でそして五感のすべてで、海を、風を、そして自然を味わっている。
 いままでとはどこか違う感覚がぼくの中で芽生えたような気がする。
 潮の匂い、風の方向、そして海の表情。そのすべてを身体全体で感じることができる。とても不思議な感覚だった。
 独りで海の上にポツリと浮かんでいるのに、どこかでなにかときちんと繋がっている。そんな充実感を伴っていた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.20

海のある街    9'8 5

 リーシュコードを右足首に巻いて、というか、はじめての体験なので、どっちが利き足なのかよく判らなかったけど、どうやら地面を掘るときにシャベルに乗せる足が利き足らしく、右利きなら普通は右足ということになる。
 ボードを持ってそのまま海へと入っていく。
 すぐにボードを浮かべると、まずはその真ん中に正座して座る。
 いきなり立って漕ぐわけにはいかない。パドルの操作がちゃんとできるかどうか試す必要があるからだ。真ん中に座ったまま、パドルを使って、進んでみる。五、六メートルほど進んだところで方向転換だ。
 そのまま浜の方へ戻る。波打ち際のすぐ手前まで来たら、また方向転換して海へと進んでいく。
 二、三度繰り返したところでボードの上に立つことになった。
「ボードは押さえているので立ってみてください」
 レイさんにそういわれてよろよろと立ってみた。
 思っていた以上に揺れる。それもとても細かい揺れだ。
 すぐにしゃがみ込みたくなる気持ちを抑えて、とにかくパドルで漕いでみる。
 ボードがすこし進む。でも、左右の揺れは進むとさらに大きくなる。
 膝の部分がなんとなく頼りない感じで小刻みに震えているのがわかる。
 でも、このまましゃがむわけにはいかない。
 やせ我慢しながら沖の方へと漕いでいく。ふと横を見てみると遊泳エリアを区切っているブイを通り過ぎていた。
 こんなところまで泳いできたことはない。当然、海底は遙か下だ。
──どれぐらいの深さだろう?──
 そう思って、ふと下を見た瞬間にバランスを崩してボードから落ちてしまった。
 パドルはしっかりと握ったまま、海面から顔を出す。
 ちょっと向こうにボードが浮いていた。
 ぼくは顔を上げたまま平泳ぎでボードに近づくと、ボードに上半身を預けるようにして乗り、座ったまま態勢を整えた。
 浜の方を確認してみるとかなり遠くまで来てしまっていることが判った。
 まだ慣れていないときに、視線を近くにやるとバランスを崩しやすい。それはバイクに乗っているときに身につけた知識だった。
 なるべく遠くを見ること。
 バイクの実技試験の一本橋を渡るときのコツだ。それと同じことがいえる。
 ぼくはボードの上に手をついて、そのまま立ち上がった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.19

海のある街    9'8 4

 やがてさきほど説明をしてくれたサキさんがやって来て、ぼくの荷物を預かると、浜の方へと連れていってくれた。
 逗子海岸は海水浴期間内は遊泳エリアとそれ以外のエリアにきちんと区別されていて、東浜から西浜までの約八百メートルほどがブイで区切られている。朝九時から午後五時までこのエリアにボードで侵入することは禁止されていた。
 その遊泳エリアのすぐ東側に、スクールのボードがいくつも並んでいて、すでに何人かの受講生が集まってきていた。
 ぼく以外の人は、もう何度もスクールを受講しているようだった。
 最初に身体をほぐすための体操をすると、みんなはそれぞれボードとパドルを持って海へと出ていった。
 ぼくは初体験ということで、インストラクターの人とマンツーマンでまずパドルの持ち方から教わることになった。
 最初はパドルの握り方だ。
 SUPのパドルはブレードの部分にすこしだけ角度がついている。180°よりも開いている方が後ろだ。なんとなく見た目だと逆の方が効率がいいように思っていたけど、違うようだ。
 両手を肩幅程度に開いて、片方はシャフトのトップの部分を握る。もう片方はシャフトの中程を握ることになる。だから左側を漕ぐ場合は、トップを右手で持つことになる。右側を漕ぎたい場合は、まずシャフトの中程を持っている手を入れ替えて、今度は左手でトップを握る。
 真っ直ぐ進みたい場合はなるべくボードのすぐ外側を漕ぐ。
 大きく円を描くように漕ぐと、とうぜんボードは曲線を描いて進む。短時間に方向転換したい場合は、すぐ横を逆に漕ぐ。
「でもそれは三回までにしましょう」
 真っ黒に日焼けしたインストラクターのレイさんは笑ってそう教えてくれた。
 どうやらあまり頻繁に使うと具合がよろしくないらしい。慣れないとボードがどこを向いているのか判らなくなることがあるからだ。
 砂浜の上で、何度かパドルを漕ぐ操作をやってから、海へ出る。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.18

海のある街    9'8 3

 メールのやり取りでスクールの受講を申し込んだぼくは、指示された場所へ、お昼過ぎにいった。
 Surfers という海の家だった。
 まだ妻と別れる前のぼくは西浜の出入り口が近くて、いつもは西浜からちょっと中央寄りのあたりで泳いでいた。しかし、このSurfers という海の家は東浜の端の方にあった。
 建ち並んでいる海の家が違うとその場所の雰囲気もずいぶん違った。景色まで違って見える。いつも泳いでいるあたりからは見えない江の島がここからだと見える。
 ちょっと早めに着いたぼくは店の人に声をかけた。
「Oceans の人?」
 真っ黒に日焼けした店員が対応してくれた。
「ええ」
 ぼくは頷いた。
「すぐに来ると思うよ。そこに座って待っててくれる」
 ぼくは促されるまま、近くのテーブルに座った。
 すぐに女性のスタッフがやって来てぼくに声をかけてくれた。
「Oceansのサキです。今日、受講される方ですよね」
 まだ若い娘だった。日焼けした顔から零れる笑顔が可愛かった。
「ええ」
 ぼくはただ頷いた。
 簡単にシステムの説明があって、受講料を支払うと、ちょっと待っててほしいといわれ、ぼくはそのテーブルに座ったまましばらく待っていた。
 常連の客が多いのか、最初に対応してくれた店員と気さくに話ながらやってくる人たちで店内はいっぱいだった。
 お昼を過ぎたばかりの時間。まだまだ食事をする人も多いようだ。
 ふと顔を上げると向かいにビールビンを持った男の人がやって来た。
「午後のスクール?」
 ひと口、飲むとそういった。
「ええ」
「午前中、クルージングしたばかりなんだ」
 そういって席に座った。
「それ、クラゲ?」
 ぼくの左肘の傷痕を見て尋ねてきた。
「お盆過ぎに泳いでいたらやられちゃって」
 ぼくは説明した。
「結構、酷いね」
「ですね」
 ぼくは頷いた。
「今日も沖にはうじゃうじゃいたから気をつけた方がいい」
 彼は笑いながらそういうとビールをぐいっと飲んで、カウンターの方へと移っていった。


※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.17

海のある街    9'8 2

 プールならコースロープがあるから多少ずれたとしてもそれなりに真っ直ぐ進んでいくことができる。
 ところが海ではそういう訳にはいかない。
 だから何度も方向を確かめるために顔を上げる必要がある。そうなると普通の息継ぎとは違って、大きく前方を見るようにして顔を上げなければいけない。
 結果として、フォームはともかく海水に身体を預けて、手足で水を掻き、進むだけということなる。なんだかプールでの泳ぎとはまったく別のことをやっているようだった。
 それに海にはいろいろなものが浮いていることがある。
 海藻が漂っていたりクラゲがいたり。
 これはこれでやっかいなものだ。
 大きな海藻の塊が顔にまとわりつくと、そこで泳ぐのをいったん止めて、取り除かなければいけない。もちろん、足がつかない場所でなら立ち泳ぎをしながらということになる。
 アンドンクラゲに刺されて、何度も痛い思いもした。刺された肘にしばらく痕が残ったほどだ。
 それでも海で泳ぐことを続けていくと、これはこれでとても楽しいことだと実感できた。プールでは泳ぐということをとても意識することになるが、海では違った感覚を味わうことができたからだ。それは一体感だった。
 海との一体感。
 この感覚はいままで半世紀以上生きてきたぼくが経験したことのない、とても素晴らしいものだった。
 泳ぐのに疲れたらそのまま仰向けになって波間に漂ってもいい。ただ、そこに浮いているだけで、なんだかとても大きな存在に抱かれている感じになる。
 この感覚に気がつくと、海で泳ぐということの意味が大きく変わっていった。そう、それはスイムではなく、海といっしょになって遊ぶということに近いのかもしれない。
 うねりに巻かれたり、あるいは潮の流れに乗って思わぬ方向へと進むことも楽しくなってくる。
 プールでは絶対に体感することのできない浮遊感もまた心地いいものだ。
 そうやってすっかり海という存在に慣れたぼくはようやくスタンドアップパドル──SUP──にチャレンジすることでできるようになった。
 もうすこしで八月も終わろうとしていた土曜日のことだった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
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2013.06.14

海のある街    9'8 1

 はじめて逗子海岸にシートを広げてランチを楽しんでいたときのことをいまでも覚えている。
 海で食事をする開放感も素晴らしく、ビールが美味しかったこともあるんだが、そのときに見た景色が印象的だったからだ。
 黄色のビキニを着た娘が、手にはパドルを持ち、ボードの上に背筋をピンと伸ばして立つとそのまま海面を滑るように移動していた。まるで海の上を散歩しているようだった。
 長く伸びた髪が彼女の背中で海を渡る風に揺れている。強烈な陽射しを浴びながら受ける風が気持ちよさそうだった。
 なによりも逗子湾のとても静かな海にぴったりの風景だった。
 それがスタンドアップパドルというマリンスポーツだと知ったのは、その日、帰宅してからのことだった。
 ぼくは家に帰るとすぐにWebサイトを検索してそれに関するページを見つけた。
 逗子海岸にはいくつもスクールがあることもわかった。
 いつかやってみたいマリンスポーツ。
 こういうことにあまりチャレンジをしたいと思う方ではなかったぼくだったが、それはちょっとした決意になった。
 その決意が現実になったのは、逗子に引っ越しをした次の年の夏の終わりだった。
 逗子に住むようになって二回目の夏。海で泳ぐことにもすっかり慣れ、多少のことがあっても大丈夫と思えるようになってから、ぼくはスタンドアップパドルにチャレンジすることにした。
 海が身近な存在であれば、すぐにもはじめることができたんだろう。
 けれど、海と接点がほとんどなかったぼくにとって、ボードの上に立って沖へ出るということにはそれなりの覚悟は必要だった。
 この年の夏、ぼくは毎日のように海で泳いだ。朝、起きると海岸をジョギングして、そのまま海で泳ぐことを日課にしたからだ。
 しかし、プールで泳ぐことと海で泳ぐことはまったく違った。
 日吉に住んでいた頃は週に一度プールへ通っていたので泳ぐことに対して抵抗はなかったはずだったが、逗子の海で最初に覚えたのは戸惑いだった。
 波と潮の流れ。
 ぼくを途惑わせたのはそれだった。
 ちいさな波ならそれでもなんとかなるんだが、ちょっとしたうねりが入るとちゃんとしたフォームで泳ぎ切ることができない。波に巻かれると上下の感覚すら怪しくなってしまう。そして潮の流れ。目指していた方向とはすこしずつずれてしまう。


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2013.06.13

海のある街    TSUNAMI 24

「もっとここにいたいけど、そろそろ帰るわ。このままここにいたらきっと惚けてしまって、明日仕事がしたくなくなるような気がする」
 美由紀さんは自分にいい聞かせるように頷いた。
「うん」
 ぼくはただ頷いて立ち上がるとシートを片付けた。
 彼女も立ち上がるとお尻のあたりを手で払って砂を落とした。
 ぼくたちはそのままゆっくりと東浜へ向かって歩き、田越川の河口までいくと渚橋をくぐり、川沿いに歩いた。
 赤い富士見橋を渡ってさらに川沿いのバス通りを歩く。
 しばらくして田越橋の交差点を過ぎると、歩行者用の橋を渡ってそのまま対岸の川沿いの道を歩く。zishi art galleryの横を通り過ぎて、やがて新逗子駅の南口に着いた。
 改札口のところで彼女は立ち止まった。
「そうだ、ねぇ、携帯貸して」
「どうするの?」
「電話番号、知らないもの」
 そういうとぼくのiPhoneを手にとって電話番号を打ち込んだ。すぐに彼女のiPhoneが鳴った。
「これで大丈夫」
 彼女は笑顔でぼくのiPhoneを返してくれた。
「ありがとう」
 彼女はそういうと手を差しだした。
 ぼくはその手をしっかりと握った。
「とてもいい休日になった」
 彼女は笑顔でいった。
「そういってくれると嬉しいよ」
 ぼくは手を握ったまま頷いた。
「それじゃ、明日からまたいつものように仕事場で」
 彼女は手を離すと、くるりと回れ右をして改札を抜けていった。
 そのままプラットホームを歩き、停まっていたエアポート急行羽田行きに乗った。
 やがて発車を知らせるアナウンスが流れると、電車のドアが閉まり、電車はそのまま走り出した。
 ぼくはしばらくそこに立ったまま、走り去っていく電車の後ろ姿を見ていた。やがて踏切の音が鳴り止むと、ぼくも帰ることにした。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
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2013.06.12

海のある街    TSUNAMI 23

「そうか、自由なんだね、人って」
 美由紀さんはその手に持ったビールの缶をじっと見ながらいった。
「そう、自分で決めればいいんだよ」
「もしかして、だから美味しいのかな、このビール」
「かもしれない」
 ぼくたちはそういって頷き合うとビールを飲んだ。
「わたしもじっと縮こまったままでいたのかな……」
 彼女は海を眺めながらポツリといった。
「だからときおり苦しくなってしまうのかもしれない。心の穴を作っているのはわたし自身なのかもしれない……」
 ぼくは彼女の横顔を見た。すこしだけ淋しそうだった。
「大きく息を吐いてもいいんだと思うよ」
 ぼくはいった。
「そうだね、そうだよ」
 彼女は頷きながら答えた。
「ビールは美味しく飲まなきゃ」
 彼女はそういって缶ビールに口をつけた。
「うん、美味しい」
 彼女は微笑んだ。
 彼女の心の穴の存在はきっと消えることはないんだろう。そして、その穴の存在が彼女の中でどれほどの重さを持つのか、ぼくには理解することはできないだろう。想像することはできても、きっと解らない。
 でも、いまの美由紀さんは昨日までの彼女とはすこしだけ違っているはずだ。
 それだけは確信できた。
 ぼくたちはそうやって海を見ながら、いろいろな話を続けた。
 やがて時間が経つにつれ、風がすこしずつ強くなっていった。
 もうしばらくすると陽の輝きの色が変わりはじめるだろう。まだ夕方というには早い時間だったが、すこしずつ陽に黄金色が加わっていく。海の照り返しもまぶしさは変わらなかったが、絵の具の色を足していくようにその色調がゆっくりと変化していった。

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 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.11

海のある街    TSUNAMI 22

 ぼくは起き上がると、さっきコンビニで買ってきた缶ビールを袋から取り出した。
「飲む?」
 彼女に聞くと、彼女も起き出して頷いた。
 プルトップを開けるとそのまま彼女に渡して、ぼくはもう一本缶ビールを開けた。
 缶を軽くぶつけて乾杯をすると、ひと口飲んだ。冷たい苦みがゆっくりと喉を通りすぎていく。
「初体験。海見ながら昼間から飲むビールってこんなに美味しいんだ」
 彼女は楽しそうにいった。
「そうだよ」
 ぼくは缶を持ったまま答えた。
「もしかして休みの日はいつもこうしてるの?」
 彼女が訊いた。
「いつもってわけじゃないけど、天気のいい日はなるべくそうしたいと思ってるよ」
「そうか、だからここに住んでるの?」
「というか、ちょっと順序は逆かもしれない」
 ぼくはすこしだけ考えてからいった。
「どういうこと?」
「逗子に住むようになって、こういう楽しみ方があるんだと気がついたんだ。浜辺にシートを広げて、こうやってのんびりと海を見ながらビールを飲んで過ごす生き方もあるんだよと」
 ぼくは彼女の顔を見ていった。
「うん」
「それまでのぼくはね、きっと常識とか世間体とかそういったものに雁字搦めになっていたような気がするんだ」
「どういうことなの?」
 美由紀さんは膝を抱えるように座り直すといった。
「逗子に住む前のぼくなら、海開きする前の海岸へ来て、水着で泳ごうなんて思わなかったはずなんだ。さぁ、海で遊ぶための用意ができましたよ、とだれかにいってもらわないと、海で遊ぼうとは思わなかったかもしれないんだ」
 ぼくはひと言ひと言考えながら話した。
「それが変わったのね」
「そう、ここに住んで、そしてこの景色をごく普通の景色として見ることができるようになって、やりたいようにやればいいじゃないかと素直に思えるようになっんだよ。泳ぎたくなったら、いつでもいいから泳げばいい。事実、冬でもウェット着て泳いでいる人もいるしね。自由に生きていいんだよと、この景色に教えられた気がする」
 ぼくはそういって頷くとビールを飲んだ。


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2013.06.10

海のある街    TSUNAMI 21

 ぼくたちはピザはマルゲリータと釜揚げしらすが乗っているものを頼んで、ふたりで分け合って食べた。
「こんなにのんびりとランチを食べるの、とても久しぶり。ほら仕事場だとお弁当だし、休みの日はひとりでぼんやりと家で過ごすことが多いし」
「確かに場所で気分も変わるよね」
 ぼくは答えた。
「そう、ロケーションって大切なんだよ」
 美由紀さんは自分にいい聞かせるように頷いた。
「海が見えるところというだけで気分がいいのに、美味しいから嬉しいな」
 彼女はそういって微笑んだ。
 ゆっくりと食事をしたあと、ぼくたちは渚橋を渡ったところにあるコンビニでレジャーシートと缶ビールを買うと、また砂浜に戻った。
 シートを広げて、そこに座る。
 夏を思わせるような陽射しが気持ちよかった。ぼくはその場でごろりと横になると上を向いたまま眼を閉じた。
 潮の香りと波の音。そしてすぐ横にいる美由紀さんの存在を感じながら陽射しを浴びる。
「わたしも」
 目を開けると彼女もぼくの横でごろりと寝転がった。
 じっと青い空を見上げている。
「陽射しって、こんなに気持ちがいいんだ」
「うん」
「海を見ていると心のモヤモヤが消えていくみたいだけど、陽射しを浴びていると心にあったしこりを溶かしてくれるんだね」
 ふとその横顔を見ると目尻からうっすらと涙が流れていた。
「なに見てるの。あんまり気持ちいいから涙が流れてきただけ。これ、嬉し涙だから」
 彼女は照れ臭そうにいった。
「うん」
 ぼくはただ頷いて彼女の右手を探すと、そっと握った。
 すぐに彼女も握りかえしてくる。
 彼女がいま自分の心の中のなにを感じているのか、はっきりとは解らなかったけど、なにかに答えを見つけたように感じた。それは心の中に開いている穴と関係があるのかもしれない。その穴をしっかりと意識して、しかしそこから目を背けずにいられるようになったのか、あるいはまだなにか恐れることがあるのか。
 でも、前に歩いていることは確かなはずだった。
 自分の心に傷がついているかどうかもはっきりとは解らないぼくとは大違いのはずだ。

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2013.06.09

五月の映画

最高の人生の見つけ方 [DVD] ドラゴン・タトゥーの女 ミレニアム<完全版> [DVD] ミレニアム2 火と戯れる女 [DVD] ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 [DVD]
 ちょっと油断をしていたら六月になり、すでに一週間以上が過ぎているではないか。なんということか。
 ということで、すこし遅くなったが五月の映画のまとめを。
 GW があったから、もっと映画を観てもよかったんだろうが、個人的にいろいろとあったのと、あとは「ドラゴン・タトゥーの女」がちょっとヘビーだったので、その後遺症ということで、三部作観終わった後は「1408」だったり、「Inside Man」だったり、「Taking of Pelham 123」なんかを繰り返し観直して過ごしてしまった。
 という一ヶ月。

「最高の人生の見つけ方」はジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンという芸達者ふたりの映画。内容はともかく、まぁ、人生というものをいろいろと考えるのもありかとは思うけど、ほんとうの人生は一度きりだからなぁ。こうやっていろいろな人生を映画とか小説で味わうのもいいのかもしれないと最近、マジで思うようになった。

 で「ドラゴン・タトゥーの女」。こっちは本家のスウェーデン版だ。一作目は映画で、二作目と三作目はテレビ用に作られたとのことだったが、一作目が大ヒットしたので急遽劇場でも公開されたとか。
 一作目は確かにおもしろかったが、二作目と三作目は内容もヘビーだし、ミステリーというよりは、リスベットの生い立ちの謎みたいな部分が多かったので、そういう意味ではどうなんでしょうとも思う。
 これハリウッドでも三部作になるんでしょうか?

 ということで、六月はちょっと軽めにいきたいなぁとも思うんだが、観たいときに観たい映画を必ずしも観られないというのが、Hulu を利用していて思うことで、実は「シリアナ」を観ようと思ったら、もう観られなくなってるんですわ。
 まぁ、ちょっと今後どういう形で映画を観るのか考え直すタイミングなのかもしれない。
 いろいろな意味でね。

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2013.06.07

海のある街    TSUNAMI 20

 防波堤をどんどん歩いていくと、海の色の濃さがわかる。防波堤に寄せる波は逗子海岸で見ていたときとは違ってやや荒めだ。海からの風も感じる。
 赤い葉山灯台のところまで歩くとそこから防波堤の一番先までいき、美由紀さんは海をのぞき込んだ。
「ねぇ、魚」
 濃い碧い海の中をすこし大きな魚影が固まって泳いでいるのが見えた。
「ここにいるとまるで船の舳先にいるみたいだね。波が次から次へと寄せるから、進んでいるみたいに感じる」
「確かに、そうだね」
 ぼくは笑顔で返事をした。
 ぼくにとっては見馴れた景色だったけど、彼女にしてみればはじめて観る景色だ。とても新鮮に映るんだろう。
 灯台のまわりをぐるりと周りながら、彼女はあちこちの海を観ていた。
「すごいよ。ごめん、あまりにもいい景色だから、すごいとしかいえない」
 彼女は笑いながらいった。
「座らないか?」
 ぼくは彼女にそういって近くのベンチに腰を下ろした。その向こうには太平洋が広がっていた。しばらくそうやって海からの緩やかな風を浴びながら、ぼくたちはただ海を観ていた。
「海っていいね。なんだか心の中のモヤモヤが綺麗になくなっていくみたい」
 彼女はぼくの顔を見ていった。
「うん。あとは波の音かな。ゆったりとしたリズムが伝わってきて、とても豊かな気持ちにさせてくれるんだ」
 ぼくも彼女の顔を見ていった。
「でも、ほんとうにすごい」
 彼女は頷きながらいった。
 そろそろお昼時だった。ぼくたちはいったん逗子の海岸に戻り砂浜をすこし歩いて、黒門の駐車場を越えたところにある地下道をくぐった。階段を登っていくとちょうど食事のできる店の前に出る。
「ここはCANTINA。ビザやパスタが食べられる。向こうはくら。ハンバーグのお店。どっちがいい?」
「今日はピザかな」
 彼女がそういうので、ぼくたちはそのままCANTINAに入った。海の見える席に座るとランチのセットを頼んだ。ピザにサラダ、飲み物のセットだ。国道を挟んでいるから、海の真ん前というわけにはいかないけど、それでも充分に潮の香りを感じる景色が楽しめる。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.06

海のある街    TSUNAMI 19

「子どもの頃、海へ連れていってもらったことを思い出した。よく家族で海にいったと思う。瀬戸内海だから景色は違うけど、なんだかその頃のことをいっぱい思い出しちゃった」
「うん」
「そういえばもうずいぶん家にも帰っていないんだ。なんとなく帰りづらくて」
 そういう彼女の顔にはなにか吹っ切れたような明るさがあった。
「一回、帰ろうかなぁ」
「そうするといい。お兄さんたちと一緒に帰省すれば?」
「そうか、お兄ちゃんたちとね。それはグッドアイディアかも」
 彼女はそういうと微笑んだ。陽射しを浴びたその笑顔は輝いて見えた。
「あそこはなんなの?」
 そういって今度は葉山港の灯台を指さした。
「葉山港の灯台だよ」
「遠い?」
「ちょっとだけ離れてるけど、歩いていけるよ。いきたい?」
「うん」
 ぼくたちは太陽の季節の碑のところにある階段を登って国道沿いの歩道に出ると、そのまま渚橋を渡った。交差点を右に曲がってバス通り沿いに歩く。
 なぎさ橋珈琲を過ぎたあたりはすこし狭くなっているので並んで歩けなかったが、その先にはまた歩道が設けられていた。
 やがて葉山町の看板が見えてくる。
「ここから葉山なの?」
「そうだよ、葉山。ここは鐙摺海岸」
 鐙摺を回り込むようにして右に折れると、そのまま海沿いの道を歩いて葉山港の入り口へ向かった。葉山港駐車場へと入っていく。この右側は葉山港。漁を終えた漁船が並んでいる。
 そしてその左側は葉山マリーナだ。クルーザーやヨットが碇泊はもちろん陸上艇置できるようになっている。
 しばらく歩いていくと広いスペースの駐車場へと出る。その先に防波堤があった。駐車場を横切って防波堤のところへいくと、ゲートを通り抜け、階段を登っていった。
 階段を登り切ったところで彼女は思わず声を上げた。
 彼女は帽子を左手で押さえると、しばらくそこに立ったまま海を見つめていた。
 遙か彼方までが一望できる。太平洋の水平線が見えた。陽射しとともに海からの照り返しがとても眩しい。
「ほら、あそこに灯台があるよ」
「うん」
 彼女はぼくが示した方向を見ると、すこし足早に歩きはじめた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.05

海のある街    TSUNAMI 18

「もう水着の人がいるよ」
 彼女が不思議そうに尋ねた。
「ゴールデンウィークの頃から海で遊ぶ人が増えるんだ。ここに来る人たちは半分夏気分だね。池子に米軍住宅もあるし、横須賀にも基地があるから米軍の人たちも多くて、彼らはもうこの時期から水着姿だよ」
「確かにアメリカ人もいるねぇ。日本の海岸じゃないみたい」
 彼女はそういうと楽しそうに微笑んだ。
 やがて中央口まで来るとぼくたちはさらにそのまま歩き続けた。
 海からの緩やかな風は暖かかった。陽射しはまるで夏を思わせるような強さになっていた。ゆっくりと歩くだけでも汗ばんでくるほど気温も上がりはじめてきたようだ。
「手を繋いでもいい?」
「いいよ」
 ぼくが頷くと彼女はぼくの右手をそっと握った。
 のんびりと歩く。
「ねぇ、あれってもしかして?」
 黒門の駐車場のあたりまで来たとき、彼女がとつぜん聞いてきた。
「ああ、江の島だよ。いままで隠れて見えてなかっただけ。空気が澄んでいるときには、江の島の後ろに富士山が見えるんだ。今日は残念だけど、見えないね」
「ほんとう? すごい」
 彼女は嬉しそうにいった。
 やがてぼくたちは東浜の入口のあたりまで歩いた。
「いつもこんなに潮が引いてるの?」
「いや、今日は特別だよ。遠浅は遠浅なんだけどここまで引くことはあまりないね」
「海の方にいってもいい?」
「靴が濡れても平気なら大丈夫だよ」
「うん、今日だけだからいいよね」
 そういうと彼女はぼくの手を離してまだすこし水が残っているあたりを歩きはじめた。歩いたところに彼女のサンダルの跡がついていく。
 ぼくは革靴を履いていたからそこまでいかず、彼女の姿を立ったまま見ていた。
 しばらくすると彼女は戻ってきた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.04

海のある街    TSUNAMI 17

 彼女はそのまま海へ向かってまっすぐ歩いて、波打ち際までいくと、大きく息を吸った。
「潮の香りがする」
 そういってぼくの顔を見た。
「ああ、いい香りだろ」
 ぼくはそういいながら頷いた。
「海だねぇ」
 美由紀さんは自分にいい聞かせるように、そう何度もつぶやいた。
 五月晴れの綺麗な青空が広がっていた。海は碧く、そしてとても澄んでいた。風もあまりなく、打ち寄せる波もちいさい。
「あっちは?」
 そういって彼女は右側を指さした。
「披露山だよ。上には公園がある。あと邸宅街だね。まるでアメリカみたいな感じになってる。その向こうに逗子マリーナがあるんだ。ここからだと隠れて見えないけど」
「そうなんだ」
「すこし歩く?」
「うん」
 彼女は頷いた。
「どっちがいい?」
「じゃ、まずあっち。披露山だっけ? そっちの方にいってみたい」
 ぼくたちは西浜の方へと歩きはじめた。彼女は海側を、海を眺めながら歩く。ぼくは彼女の右側をどちらかというと彼女の足下を見ながら歩いた。
 潮が引いていて浜はかなり広くなっていた。
 満ちているときなら海の底になっている部分をのんびりと歩く。午前中の風が心地いい。
「ねぇ、人が多いね」
「そうだね、とくに西浜の方はスクールがある関係で、ウインドサーフィンをやる人たちでいつも一杯なんだ。こんなに天気のいい日は特にだけど」
「ウインドサーフィンか、やったことあるの?」
「ぼくはないよ」
 ぼくはそういって首を振った。
 西浜の入口まで歩くとぼくたちは足を止めた。そこから先には、ウインドサーフィンをやる人たちでいっぱいだった。あちこちにセールとボードが並んでいる。
 風はすこし弱いけど、逆に初心者の人たちにはちょうどいいかもしれない。
「あっちへ戻ろう」
 ぼくは彼女にそういって、ふたたび海岸中央の方へと向かった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.06.03

海のある街    TSUNAMI 16

 食事を終えてあと片付けをすると、彼女も一緒に出かけることにした。
「もうずいぶん海を見てないよ」
 彼女はそういうと楽しそうに用意をした。
 サマーシャツの上にパーカーを羽織り、膝丈のスカートを着る。それに白っぽいストローハットを被った。
「ちょっとした遠足気分ね」
 そういって彼女は照れたように笑った。
 ぼくたちは彼女のマンションを出るとまっすぐ駅へ向かった。商店街の入り口には昨日「TSUNAMI」が流れてきたCDショップがあった。今日はそこから福山雅治の曲が流れていた。ふだんテレビをほとんど見ないぼくはその曲名を知らなかったけど、彼女が「誕生日には真っ白な百合を」という曲だと教えてくれた。
 急行に乗り横浜へ出ると、京急の新逗子行きエアポート急行に乗り換えた。
 新逗子駅に着くと南口の改札を出て、そのままバス通りを新逗子駅入口の交差点まで歩き、右に折れると池田通りを郵便局に向かって歩きはじめた。
 彼女の子どもの頃の話を聞きながら逗子海岸入口の交差点で左へ曲がった。
 逗子海岸中央口へと出る住宅街の中の道を歩きながら、ぼくは子どもの頃の彼女の姿が想像できるほどになっていた。
 かなり活発な子どもだったようだ。勉強よりも運動が好きで、一日中校庭を走り回るそんな子だったようだ。お兄さんは対象的に物静かで、本が大好きないつも勉強机に向かっている少年だったらしい。
「いまでもそうなの。勉強が好きでそのまま大学に残っちゃってるんだよ。歴史が好きで昔の資料と毎日睨めっこしてるの。お義姉さんがいつもそういって笑ってる」
 ぼくは彼女の話をただ頷きながら聞いていた。
「ねぇ、なんだかわたしだけ話をしてない?」
 そろそろ潮の香りが漂ってきたころ、彼女は足を止めてぼくに向かっていった。
「うん、でもとても楽しいし、そろそろ海だし、いいじゃない」
「海?」
「そこの国道の下をくぐったら海だよ」
 ぼくが指さして教えると彼女は嬉しそうに頷いた。
「いこう」
 そういって彼女は歩き出した。
 国道の下の地下道をくぐると目の前には逗子の海が広がっていた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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