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2013.05.24

海のある街    TSUNAMI 10

「自分で心の中に開いた穴を自覚できるようになってから、ようやくすこしずつ話ができるようになって、彼の友だちと会ったり、家族と顔を合わせたりできるようになったの。ずいぶん時間がかかったわ」
 そういって彼女は微笑んだ。
 二杯目のグラスが空きかけていた。
 ぼくは焼酎のオン・ザ・ロックを、彼女は焼酎を炭酸で割り、ゆずを搾った軽めのカクテルを頼んだ。
 頼んだ飲み物がテーブルに届くとぼくたちはグラスを合わせた。
「働きはじめてようやく元の状態に戻れたのはここ二、三年かな」
 カクテルに口をつけると彼女はいった。
「そう。よかったね」
 ぼくは頷いた。
「前に歩いていかなきゃね」
 彼女も微笑みながら頷いた。
「でもときどき元に戻ることがあるの。夜中にふと眼が醒めてしまったり、なにかの拍子に心の穴の存在に気がついてしまうと、ただ涙が流れてもうどうしようもなくなることが」
「うん」
「心の穴はね、ちいさくなってその存在を忘れる瞬間があったとしても、けっして消えることはないのよ」
 そういうと美由紀さんはじっとぼくの眼を見た。
 ぼくはなにも答えることができず、ただ彼女の眼を見返した。
 やがてにっこり笑うと彼女は口を開いた。
「ごめんね、ちょっと暗い話になっちゃった?」
 そういってグラスに口をつけると、職場の話をはじめた。
 彼女はぼくよりも長く働いているから、いろいろな人のことを知っていた。ぼくらをまとめている会社の人の話や、派遣やパートで働いている人について、おもしろい話やうわさ話を聞かせてくれた。
 つまみをいくつか追加して、もう一杯ずつお酒を頼むとぼくたちはそんな他愛もない話を続けた。
 ぼくは彼女の心の穴のことをぼんやりと想像しながら、それでも楽しく話を聞くことができた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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