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2013年5月

2013.05.31

海のある街    TSUNAMI 15

 そのあともしばらく裸で抱きあっていたぼくたちは、やがてシャワーを交代で浴びるとリビングに移った。
 飲み物がないからと近くのコンビニへ一緒に買い物にいき、お酒やつまみを買ってくると向かい合って、互いの生い立ちなんかを話しあった。
 彼女は香川の坂出市で生まれ、大学のときに東京へ出てきていた。三つ歳上のお兄さんがいて、彼と一緒に住むならという条件で家を出ることができたらしい。
「お兄ちゃんがいなかったら、わたしはきっと四国から出ることはできなかった思う」
 美由紀さんはそんないい方をした。
 大学を卒業してちいさな広告代理店で働き出して、彼と知り合ったそうだ。
 彼が亡くなったとき、家族は郷里へ戻るようにと何度も説得したが、彼女は頷かなかったらしい。家に帰ってしまうと彼との接点のすべてを失ってしまうようでとても怖かったといっていた。
 そんな彼女を彼女の兄はいまでもしっかり支えてくれているらしい。
「感謝してもしきれないの」
 彼女はそういって微笑んだ。
 ぼくたちはひとしきり話をしたあと、ベッドへ戻り、どちらからともなく求め合い、もう一度身体を重ねると眠った。

 カーテンの隙間から零れてくる朝陽で眼が醒めた。
 すぐに枕元のiPhoneで時間を確かめた。七時を回ったところだった。
 いつもとあまり変わらない時間。ただ、すぐ横に美由紀さんの寝顔があった。
 頬にかかっている髪をそっとかき上げると、彼女は眼を醒ました。
「おはよう」
 彼女はぼくを見たまま声には出さず唇だけを動かした。
 ぼくは答える代わりに口づけをした。
 そのままもう一度彼女を抱き寄せて、彼女の温もりを全身で感じた。
 心地いい温もりだ。
 朝陽を浴びている彼女の顔はとても綺麗だった。
 ぼくたちはまた交代でシャワーを浴びると食事を摂った。
 トーストに目玉焼き。ウインナーとサラダ。それに珈琲だ。昨日買った豆を使ってぼくが淹れた。
「とてもおいしい」
 美由紀さんはそういって珈琲を飲んでくれた。
 あれから毎日のように淹れているから、どうやらすこしは上達したようだった。ぼくはすこしだけ嬉しくなった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.30

海のある街    TSUNAMI 14

 その場で靴を脱ぐと彼女は灯りもつけず、ぼくを部屋へと連れていく。
 カーテンの隙間から、街灯の灯りだろうか白っぽい光がうっすらと零れてきていた。そこにはベッドがあった。
 彼女は黙ってぼくと向き合うと、ジャケットを脱がせた。
 ぼくも彼女の羽織っていたカーデガンを脱がせる。
 つぎにシャツのボタンを外していった。ぼくのシャツの胸のところは彼女の涙でまだ湿っていた。
 ぼくも彼女のシャツを脱がせる。
 ベルトを外してぼくのズボンを脱がせた。
 ぼくもスカートを脱がせる。彼女は下着姿になっていた。
 彼女はTシャツを脱がせ、そして最後にパンツを下ろした。
 ブラジャーを外すと、ぼくは下も脱がせた。
 裸になったぼくたちは互いを見つめ合った。
 美由紀さんの白い裸体がそこに浮かび上がっている。
 彼女の頬に両手をあてて、ぼくは口づけをした。
 そのまま抱き合う。
 美由紀さんの豊かな胸のふくらみをしっかりと受けとめ、背中に回した腕に力を込めた。
 彼女の身体の温もりが触れあっている肌を通して伝わってきた。とても心地いい温もりだった。
 そうやってしばらく抱き合ったあと、ぼくたちは縺れるようにしてベッドへ倒れ込んだ。
 何度も口づけを交わしてから、ぼくは美由紀さんの乳房をやさしく揉んだ。その乳首に口づけをする。そのまま身体のあちこちにキスをした。
 彼女の腰を抱き寄せる。
 彼女もぼくの身体にキスをしていく。
 それからそっと手を伸ばしてぼくの硬さを確かめた。
 彼女の掌をそこに感じる。
 彼女はゆっくりとその手を上下させた。
 ぼくも薄い陰りに手を伸ばすと、そっと指を差し入れた。
 そうやって何度も互いの身体を手と唇で確かめあってから、彼女はぼくを招き入れた。
 豊かに濡れたそこにぼく自身を入れる。
 ゆっくりと奥まで入れると、ぼくたちは互いの眼を見つめあった。
 しばらく彼女の湿った暖かさに包まれたあと、深く口づけをしながらぼくは放った。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.29

海のある街    TSUNAMI 13

 ぼくはどうしていいのかわからず、しばらくそこに立っていたが、やがてその頬を伝う涙を右の親指でそっと拭った。
 それでも涙が零れていく。
 彼女はふいにぼくに抱きつくとしばらく顔を胸に沈めたまま、静かに泣いた。
 シャツの胸の部分が涙で濡れていく。
 ぼくは両腕を彼女の背中に回して、そっと抱いた。
 声を上げない嗚咽がしばらく続いた。
 やがてしがみついていた彼女の腕の力がふっと抜けた。
 ぼくの腕の中で彼女が顔を上げた。まだ涙が流れたままだった。
 その頬にぼくは右手をやり、顔をすこし持ち上げるとそっと口づけをした。
 彼女の涙の味がした。
 どれぐらい唇を重ねていただろう。
「ごめん」
 ぼくは顔を離すと謝った。
 ふいに今度は彼女が唇を重ねてきた。
 それはさっきまでの口づけとは違って激しいものだった。
 ぼくもそれに応える。
 彼女の腕に力がこもり、ぼくも彼女をしっかりと抱きしめた。ぼくたちは唇をむさぼるように重ね、きつく抱きあった。
 やがて彼女は身体を離すと、いきなりぼくの左手を握りそのまま引っ張るように歩き出した。さっきまでとはまた違った勢いのある歩き方だった。ぼくは引っ張られるまま彼女に着いていく。
 さらにワンブロックほど歩くと、前にちいさなマンションがあった。彼女はそのままエントランスを抜けて、エレベーターの前を通り抜け、廊下を奥まで歩くと階段を登りはじめた。まるで怒っているような歩き方だった。
 三階まで登ると、廊下に出て、ふたつ目の部屋のところで立ち止まった。
 ぼくの手を離すと、バックから鍵を取り出して、玄関のドアを開けた。
 ふたたびぼくの手を掴むとそのまま中へ引っ張り込んだ。彼女は家に入ると、後ろ手にドアを閉め、鍵をかけてからぼくに抱きついてきた。
 唇を重ねる。
 さっきまでの激しさは影を潜め、優しく互いの心を確かめるような口づけだった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.28

海のある街    TSUNAMI 12

 電車を降りると、改札を抜けて、商店街の中を歩いた。
「十分ちょっとかかるけど、いいの?」
 彼女が尋ねてきた。
「今日だけは甘えるんでしょ。大丈夫だよ」
 ぼくは答えた。
「帰り道、平気?」
 ちょっと心配そうに彼女は訊いてきた。
「こうみえても方向感覚はバッチリなんだ。知らない街を歩いていてもちゃんと目的地には着けるから平気だよ」
「うん」
 ぼくの言葉に彼女は嬉しそうに頷いた。
 彼女はときおり真っ暗になった空を見上げたり、道路を見たりしながら歩いていた。
 もうちょっとで商店街を抜けようとしていたときに、ふいに音楽が流れてきた。ちいさなCDショップがあった。音楽はそこから聞こえてきていた。
 その瞬間、美由紀さんは凍り付いたようにその場に立ち止まった。
 ぼくの左腕に右腕を絡めるようにしてぼくにしがみついてきた。
「ごめん……」
 彼女の口からしばらくして言葉が零れてきた。
「この曲、駄目なの……」
 彼女は不意にぼくの左腕を引っ張るようにして歩き出した。いままでのゆっくりとした歩調ではなく、なにかから逃れるようなそんな歩き方だった。
 聞こえてきたのはサザンオールスターズが歌っている「TSUNAMI」だった。
 ぼくは彼女に引っ張られるまましばらく歩いた。やがて一軒家やマンションが立ち並ぶ一画に来ていた。四つ角に立った街灯がぼんやりと交差点を照らしていた。カーブミラーの横を通り過ぎたところで彼女は立ち止まった。
「ほんとうに、ごめんなさい……」
 彼女の声がすこし震えていた。
 向き合って顔を見ると、その顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
──心の中の穴……。
「あの曲、彼が大好きだったの。いつもカラオケで唄って、結婚式でも絶対に流そうねって……」
 彼女の眼からさらに涙が零れていた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.27

海のある街    TSUNAMI 11

 気がつくと九時を回ろうとしていた。
 彼女はどうしても割り勘がいいと主張したので、そのまま半分ずつ払うことにした。
 ぼくたちは会計を済ませると外へ出た。
「ありがとう」
 そういって彼女が手を差しだした。
「こちらこそ」
 そう返答して、ぼくは軽く彼女の手を握った。すこし冷たい手だった。
「男の人とこうしてお酒飲んだの、きっと六年ぶりだよ」
 そういって彼女は微笑んだ。
「ぼくも女性とふたりでこうして飲んだのは、何年ぶりだろう。覚えていないよ」
 ぼくも笑った。
 ぼくたちはそんな話をしながら私鉄の駅を目指して歩きはじめた。
 連れだって改札を抜けると、ぼくは彼女と一緒にホームへの階段を登りはじめた。
「ねぇ、方向が違うんじゃない?」
 彼女が首を傾げた。
「楽しい時間をもらったから、家の近くまで送るよ。そんなに遠くないんでしょ」
 ぼくはいった。
「急行があれば二十分ぐらいだけど、いいの?」
「明日休みだし、構わないよ」
「じゃ、今日だけは甘えちゃう」
 彼女は納得したように頷いた。
 ほどなく各駅停車がやって来た。ぼくたちはそれに乗ると、途中の駅で急行に乗り換えて、彼女の家のある駅へと向かった。
 電車の中では居酒屋での会話の続きといった感じで他愛のない話が続いた。
 ときおり彼女の見せる屈託のない笑顔が可愛かった。
 そんな彼女の笑顔を見ながら彼女の心の中に開いている穴についてぼくは考えていた。それはいったいどんな大きさで、どんな深さなのか、まったく想像がつかなかった。それと向き合ったとき、いったいどんな感情が湧き上がるのか、すこし怖い気もした。
 それにくらべるとぼくが抱えているかもしれない心の傷は、もしかしたあまりにも軽いものなのかもしれない。
 それとも、ただ、ぼくが鈍いだけなんだろうか?
 自分の心の傷のこともわからないほど……。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.24

海のある街    TSUNAMI 10

「自分で心の中に開いた穴を自覚できるようになってから、ようやくすこしずつ話ができるようになって、彼の友だちと会ったり、家族と顔を合わせたりできるようになったの。ずいぶん時間がかかったわ」
 そういって彼女は微笑んだ。
 二杯目のグラスが空きかけていた。
 ぼくは焼酎のオン・ザ・ロックを、彼女は焼酎を炭酸で割り、ゆずを搾った軽めのカクテルを頼んだ。
 頼んだ飲み物がテーブルに届くとぼくたちはグラスを合わせた。
「働きはじめてようやく元の状態に戻れたのはここ二、三年かな」
 カクテルに口をつけると彼女はいった。
「そう。よかったね」
 ぼくは頷いた。
「前に歩いていかなきゃね」
 彼女も微笑みながら頷いた。
「でもときどき元に戻ることがあるの。夜中にふと眼が醒めてしまったり、なにかの拍子に心の穴の存在に気がついてしまうと、ただ涙が流れてもうどうしようもなくなることが」
「うん」
「心の穴はね、ちいさくなってその存在を忘れる瞬間があったとしても、けっして消えることはないのよ」
 そういうと美由紀さんはじっとぼくの眼を見た。
 ぼくはなにも答えることができず、ただ彼女の眼を見返した。
 やがてにっこり笑うと彼女は口を開いた。
「ごめんね、ちょっと暗い話になっちゃった?」
 そういってグラスに口をつけると、職場の話をはじめた。
 彼女はぼくよりも長く働いているから、いろいろな人のことを知っていた。ぼくらをまとめている会社の人の話や、派遣やパートで働いている人について、おもしろい話やうわさ話を聞かせてくれた。
 つまみをいくつか追加して、もう一杯ずつお酒を頼むとぼくたちはそんな他愛もない話を続けた。
 ぼくは彼女の心の穴のことをぼんやりと想像しながら、それでも楽しく話を聞くことができた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.23

海のある街    TSUNAMI 9

 ぼくはすぐに答えられず彼女の顔を見た。
 静かにただ微笑んでいた。
「結婚式を挙げる直前に事故で死んじゃったんだ」
 彼女はそういうとジョッキに手を伸ばした。
「そうだったんだ。ごめん」
 ぼくはいった。
「べつに謝ることじゃないから大丈夫」
 そういって彼女は頷いた。
「はじめの頃はね、そんな話もできなかったんだ。ショックで」
 彼女はそう続けて、ジョッキに口をつけた。
「当然だと思う」
 ぼくはそう思った。
「で、しばらくしてなんとか友だちと話ができるようになった頃に気がついたの。心の中にね、大きな穴が開いていることに」
「心の中に?」
「そう、ぽっかりとね、とても大きくて深い穴が開いてしまっていたの。自分でもどうしてそんなものが心の中に開いてしまったのかよくわからなくて、もの凄く途惑ってしまったわ。ふっとした瞬間に、心の穴に自分自身がすっぽりと入り込んでしまうと、もうなにも考えられず、なにもできない状態になっちゃうの」
 彼女は両手に挟むようにして持っているジョッキを見ながら話した。
「ずいぶんそんな時期が続いちゃった」
 そういって頷くと彼女はビールをひと口飲んだ。
「なんとなく想像することができるかもしれない」
 ぼくは答えた。
「そう?」
 そういうと美由紀さんはじっとぼくの眼を見た。
「自分自身もそうだけど、傷ついた人をいままでいろいろと見たことはあるから」
 そういいながら、ふっと八年間も傷つき続けているといっていた中野のマスターのことを思い出していた。
 自分の心の傷をそうやって認識できる人もいれば、ぼくのようにぼんやりとしかその痛みを感じることができない人もいる。そして目の前の彼女は、きっともっと大きななにかを抱えているんだろう。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
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2013.05.22

海のある街    TSUNAMI 8

 彼女のグラスも空いたので、ぼくらはお代わりを頼んだ。
 お代わりのジョッキを両手で持ち上げたまましばらくぼくの左手を見ていた彼女は小さな声で訊いてきた。
「指輪、してた?」
 左手の薬指を見ながらぼくは頷いた。
「外して半年になるけど、まだすこしだけ痕が残ってるね」
 そう答えてぼくは彼女の手を見た。
 ウェーブのかかった髪からときおり覗く耳にはピアスが下がっているのに、どの指にも指輪はなかった。
 ぼくの視線に気づいたのか、彼女はすこしだけ哀しそうに微笑んだ。
「半年か……、別れたの?」
「うん」
 ぼくはただ頷いた。
「どれぐらい結婚してたの」
 彼女はおずおずと訊いてきた。
「ふた昔とちょっとかな」
 ぼくはそう答えると、またジョッキに口をつけた。
「うん」
 彼女はこくりと頷いた。
 それからすこしだけ沈黙がつづいた。ぼくは冷めてしまった焼き鳥を取ると口に入れた。具についているタレのべとついた甘さが口の中に残った。
「わたしは六年」
 突然、美由紀さんが口を開いた。
「六年って?」
「彼が死んで六年なの」
 ぼくはすぐに答えられず彼女の顔を見た。
 静かにただ微笑んでいた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.21

海のある街    TSUNAMI 7

「そっちはどうなの?」
 今度は彼女が尋ねてきた。
「連れだって飲んで帰る人もいるみたいだけど、ぼくはまっすぐ帰るだけだね」
 枝豆をつまみながらぼくは答えた。
「じゃ、今日は特別?」
「だって、あの店で知っている人に会うなんて思いもしなかったもの」
 ぼくは笑った。
「確かに、ちょっとびっくりした」
 彼女は微笑んだ。
「うん」
 ぼくはジョッキに手を伸ばす。
「爪、短くカットしてるんだね」
 ジョッキに伸ばした左手を見て、彼女がいった。
「あ、ギター弾いてるから」
「ギター? どんな曲弾くの?」
 彼女が興味深げに訊いてきた。
「たぶん知らないと思うよ。だってふた昔ぐらい歳が離れてるもの」
 ぼくは答えた。
「え、ふた昔……。ほんとう?」
「たぶん」
 ぼくは頷いた。
「ねぇ、どんな曲」
「ジェームス・テイラーが好きなんだ」
 ぼくの言葉を聞いてしばらく彼女は考えていたが、やがてぽつりと答えた。
「知らない……」
「ほら、ふた昔だもの」
「他には?」
「ビートルズは、ぼくの中では神様的存在なんだ」
 ぼくはジョッキのビールを飲み干すと答えた。
「ビートルズなら知ってる。教科書にも載ってたし」
「なんだってね。ぼくらがビートルズを聴いていた頃は不良扱いだったよ。ロックのミュージシャンたちは。だから教科書に載ってるなんてとても信じられないな。タイガースってグループサウンズのバンドは長髪が理由で紅白歌合戦に出られなかった時代だもの」
「そうか、ふた昔だね」
 ぼくらは顔を見合わせて笑った。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.20

海のある街    TSUNAMI 6

「いつもあの店で?」
 美由紀さんが訊いた。
「ええ、珈琲豆を挽いてもらってるんだ。美由紀さんは?」
「わたしはたまに紅茶なんかを買いにいくの。ときどき、水出し珈琲とか思ってもみないものがあったりして、それで気が向いたらいくようにしてるの」
 ぼくらはなんとなく連れだって私鉄の駅へ向かって歩きはじめていた。
「偶然ついでにお茶でもどう。それともなにか用事でも?」
 ぼくはなにげなく誘ってみた。
「別に用事もないし。でも、この時間だったらお茶よりもビールじゃない?」
 美由紀さんは気さくに答えた。
「じゃどこかで一杯やろうか?」
「うん」
 同じフロアで仕事をしているといってもスタッフ同士がとくに協力をしないとできない仕事ではなかった。けれど、ぼくも働きはじめて六ヶ月になる。ふだん顔を合わせていると、なんとなく会話を交わすようになり、ときにはちょっとした世間話をするようにもなる。
 彼女ともそんな間柄だった。
 会社と家の往復しかしていなかったぼくはどんな店があるのかもわからず、結局、チェーン店の居酒屋に入ることにした。
 生ビールの中ジョッキと焼き鳥の盛り合わせや枝豆、冷や奴といったごくあたり前のつまみを頼んでぼくらは乾杯した。
「おつかれさまでした」
 グラスを合わせると、ぼくはビールをひと口飲んだ。
 冷たい苦みの利いたビールが喉に心地いい。
「うん、おいしい」
 美由紀さんが納得したように頷いた。軽くウェーブのかかった髪が肩のあたりで揺れている。
「こういうところにはよく来るの?」
 ぼくは尋ねた。
「会社の人と?」
「そう」
「あまりそういう付き合いはしてないかも。みんなシフトによって時間が違ったり、主婦の人たちも多いから、まっすぐ帰ることが多いよ」
 彼女が答えた。
「そうなんだ」

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
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2013.05.17

海のある街    TSUNAMI 5

 仕事のシフトは基本的に週に四日か五日。休みも連休になったり、バラバラになったりとそのときによって変わることがある。
 ゴールデンウィーク明けの週もそうだった。
 金曜日が休みで、土曜日に出社して、またその次の日曜日が休み。できたら連休の方がいいのだが、こればかりはシフト次第なので仕方がない。
 いつものように弁当を用意してぼくは仕事に出かけた。
 すこしだけ残業してその日は帰ることができた。土曜日だから退勤の時間は五時だ。
 昼休みにいつも珈琲豆を買っている店で二百グラム頼んでおいたぼくは、そのままJRの駅とはちょっと逆方向にあるその店に、ゆっくりと暮れていく中、向かった。
 オフィスビルを離れ、帷子川を渡ってしばらく歩くと一方通行の商店街に行きあたる。その商店街の中に珈琲店はあった。
 はじめて頼んでからもうどれぐらい経つだろう。ぼくの好みの泥水のような珈琲をきちんと理解してくれて、打ち解けた話もできるようになっていた。
「あら、いらっしゃい」
 レジに立っていた女性、坂田さんがぼくの姿を見て、声を掛けてくれた。
「頼んでおいた珈琲できてますか?」
「ええ、用意できてるわよ、いつものやつ」
 そういって坂田さんはレジの下から袋を取り出した。
「すいません、これください」
 そこへ店の奥でなにかを探していたらしい女性がレジへやって来た。
「あれ?」
 彼女を見て、ぼくは思わず声を上げた。
 同じフロアで働いている美由紀さんだった。
「あ、偶然だね」
 美由紀さんはそういって微笑んだ。
「お知り合い?」
 レジを打ちながら坂田さんが尋ねてきた。
「ええ、職場がいっしょなんです」
 そういってぼくは精算を済ませた。
 続いて彼女も精算する。
「ありがとうございました」
 坂田さんの声に見送られるようにぼくらは店を出た。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.16

海のある街    TSUNAMI 4

 生きていくために必要な稼ぎを、ぼくは派遣の仕事で得ることにした。
 それが一番手っ取り早いし、いままでの仕事の流れでなにかを得ることはやはりむずかしかった。
 仕事のある日の一日はとてもシンプルだ。
 朝、六時に眼を醒ますと、まず弁当の用意をする。それからゴミ捨てなどの雑用を片付けて、六時半頃から原稿を書きはじめる。
 そのときの調子にもよるがだいたい小一時間は集中して書くことにしている。
 それから朝食だ。これは七時半までに済ませることにしている。
 用意をして出かける。
 八時二十七分発の横須賀線に乗り横浜の手前で下りる。それから十分ほど歩いて職場に着く。
 ここでやる仕事を書くわけにはいかない。
 守秘義務というやつがあって、これで雁字搦めになっている。なにしろ職場に携帯電話を持ちこむこともできないのだ。ロッカーに私物はすべて置いて仕事をする。
 平日だと終わるのは午後の七時。休日に出勤した場合は午後の五時で終わる。もちろん残業がないときだ。いまはだいたい一時間ほど残業をすることになる。
 家に帰ると夕食を摂り、翌日のご飯の準備をしたあとはのんびりと酒を飲んで、iMacで映画を観る。
 仕事に出かけないときは、七時過ぎに起きて食事を済ませると、それから昼までは原稿を書いている。
 ぼくはわりとすぐに没入できるタイプなので、iMacに向かい、タイプをはじめるとだいたい集中して昼までを過ごすことができる。
 昼食を終えると後片付けを済ませてから海へいく。
 そのときの状況にもよるけど天気がよければ折りたたみの椅子を担いで海へいき、缶ビールを飲みながらのんびりと寛ぐことにしている。
 原稿を書いているときも楽しいんだが、こうして集中して原稿が書けたあと海で過ごす時間帯はまさに至福の時だ。
 青空が広がり、海は碧く輝き、陽射しが照りつける中、波の音を聞き、潮風を感じて飲むビールは格別の味がする。
 ときにはトーストサンドを作って海でランチタイムを楽しむこともある。
 逗子に住んでいるからこそ過ごせるゆったりとした午後だ。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.15

海のある街    TSUNAMI 3

 会社を作ることになり社長を務め、クライアントとの関係もあって、フリーに転身して、その会社の社員になったり、またフリーに戻ったり。波瀾万丈という単語があるが、その見本のようなものだ。しかもほとんど単独航海のようなもので、しかも乗っている船はせいぜいが大型のヨットクラス。
 静まりかえった海の航海にしたって、けっして楽なものではなかった。
 業界も大きく変わっていく。
 やがてコピーライターではなく、ゲームの企画をやったり、Web サイトの構築をしたり、できることはなんでもやらなければいけなくなった。
 そしてある日、仕事がなくなったことに気がついた。
 コピーライターになったとき、ぼくに発注をしてくれていたのは、あたり前だがぼくよりも歳上の人だった。それがやがて同年代の人から仕事をもらうようになり、さらに発注する側の人間がぼくよりも若くなっていき、気がついたらお互いが理解できる年代を超えてしまっていた。
 そうなるとなにもぼくに発注する必要はなくなる。
 大家なら別だが、広告の業界でも、あるいはゲームの業界でもぼくはどちらかというと片隅でただひっそりと自ら舵を切って生き延びてきただけの存在でしかなかった。
 そして妻と別れて、文字通りひとりぼっちになったぼくは、以前の真っ暗な闇の中を手探り歩こうとしているときに戻ってしまったようだ。
 ただ違うのは鬱屈していないということだけだった。
 もちろん仕事がなくなっていく恐怖を忘れてはいない。心に刻み込まれたといってもいいだろう。けれど、まだ大学を出たときには、目の前にどれぐらいの未来が待っているのか判らなかった故の鬱屈があった。
 が、いまは残された時間はだいたい想像ができる。
 それに、ここまですべてを失ってみると、ほんとうに自分が欲しているものはなんなのかが理解できている。
 真夜中の海の中のような暗闇にいても、不安に襲われることこそあれ、絶望もしていないし、また屈折したなにかを抱えているわけでもない。
 淡々と生きて、やりたいことをやって、そして死んでいく。
 ただそれだけだ。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.14

海のある街    TSUNAMI 2

 そんなぼくにまともな就職口などあるはずもない。
 どうやって生きていくのか?
 なにがしたいのか?
 当時のぼくは、いまにして思えば真っ暗な闇の中を手探りで歩こうとしていたようだ。無駄な時間をずいぶん過ごしたし、それはとても鬱屈したものにもなっていた。
 仕事をしなければいけない。
 それは金銭を稼ぐために必要なことだった。
 新聞の募集欄で見つけた仕事が、コピーライターだった。
 高校の頃から乱読を続けてきたぼくは文章を書くことも好きだった。もしかしたらコピーライターならできるかもしれない。
 迷路の中をぐるぐると彷徨い、自分自身なんかまったく見えていなかったぼくには自信などなかった。どんな才能があるのかわからない、ということではなく、才能の欠片があることを信じることができなかったのだ。
 それでも他になにを選択することができただろう?
 ぼくは履歴書をその会社に送った。作品も同封しろということが条件だったが、経験のないぼくはそれは無視してともかく送った。それで駄目なら縁がないということだ。
 連絡はすぐに来た。
 なにも持参するものがなかったぼくは、それまで暇に任せて書いていたショートショートを持っていくことにした。
 面接をしたアートディレクターは、ぼくの作品を読んで、クスッと笑うと、おもしろいといってくれた。
 そして、採用が決まった。
 その瞬間、ぼくはコピーライターになった。
 世の中とはそうしたものだ。
 それから一年そこで働き、いい条件の会社へと移った。
 大手の広告代理店の社員でなければ、こうやって会社を移っていくことでいい条件を獲得していくしかない。コピーライターといっても、外注の仕事を獲得している零細企業の一社員。採用の条件だってけっして納得いくものではない。
 将来のことを考えると漠然とした不安しかなかった。
 そうこうするうちに、コンピュータ関係の会社の仕事に辿り着き、その業界ではちょっとした存在になっていった。
 ぼくの人生はさながら航海のように揺れ動いた。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.13

海のある街    TSUNAMI 1

 小説家。
 そう名乗りたい。もちろん小説を書いて生活をしているわけではない。だから職業は? と問われると、小説家と答えることができない自分がいる。
 それでも今年の正月、これからは小説家として生きようと決めた。
 小説家になるのは簡単だ。自ら名乗ればいい。
 ただ、それを生業としているかどうかは別問題だ。
 いまぼくは、毎日、小説を書いている。もちろん発表するあてなどないし、出版されるかどうか、はっきりいってぼくはどうでもいいと思っている。
 もちろん小説を書いて生活できればこんなに素晴らしいことはない。けれど、毎日ぼくは楽しんで小説を書いている。
 だから、ぼくは小説家としていま生きている。このことを知る人は、いまのところぼく以外にいない。
 ぼくの職歴は一風変わっている。
 二回目の大学四年の時にテレビ局ではじめたアルバイトがぼくの職歴の最初だ。契約期間は一年間。たまたま知り合いの紹介で働きはじめた。
 大学での四年間で必要な単位をすべて取っていた。あとは卒論を書くだけだったのだ。だからこの二回目の大学四年のとき、講義に出席することはなかった。必要なときに研究室へ顔出すだけ。
 そんな状態だったから、ほぼフルで働いた。
 仕事はADだ。
 テレビ局のAD。もちろんアルバイトだから、やることはお茶くみやタクシーの手配、それに雑用一般ということになる。ただ、ぼくがついた番組がたまたまクイズ番組だったということもあって、ぼくはそれ以外に資料探しの仕事もやることになった。
 放送作家が作ってくる問題を可能な限りチェックする。
 二週分の番組を一度に収録するのでサイクルは自然に二週間単位ということになる。その間、三日ほどぼくは局にある図書資料室に籠もって、資料調べに没頭した。
 この手の仕事はどうやらぼくの性に合っていたようだ。
 一年間とても楽しく仕事ができた。
 そのあと一緒に仕事をしていたフリーの人に誘われて、すこしだけ放送作家の真似事をしていた時期があった。けれど卒論を書く時間が必要だったり、テレビ局の仕事というものの将来性について疑問を持っていたこともあって、それは長続きしなかった。
 そうして大学を卒業したが、結局大学に六年もいることになってしまった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.10

海のある街    風の街 15

 こうして部分部分を作り上げて積み上げていくことができれば、もしかするといままでできなかったことができるようになるかもしれない。
 何度も何度も練習をして、ぼくはなんとか「The Sage」を通して弾くことができるようになっていた。
 TAB譜を見つけてから三週間ほどが経っていた。
 また弦が切れ、新しい弦のセットに張り替え、Greg Lake本人が唄っている映像をネットで見つけることもできた。おかけで指の運びを確認することができた。
 映像を観てみると、あたり前の話だがGreg Lake本人はいとも簡単に弾きこなしている。
 何度も間違え、支えながらでないと弾けないぼくはちょっと悔しかった。
 ギターは、この歳のぼくに新鮮な感覚を教えてくれた。
 高校生や大学の頃とは違った感覚だった。
 それは音の響きだ。
 ギターという楽器が持つ響き。開放弦がどうして六弦から順に、EADGBEになっているのか、はじめて解った瞬間でもあった。弦をつま弾くと楽器全体が響くのだ。ギターのボディが弦の響きに共鳴して、音を奏でている。
 とてもシンプルなCというコードを弾いただけでも、その響きの美しさを感じることができるようになっていた。
 いままでに感じたことのなかった感覚だ。
 この歳になってはじめて識った楽器を弾くことの喜び。
 そう、ぼくはこうしてすべてを捨てようとすることで、すこしずつ変わっている。きっとこれからもまだまだ変わっていくだろう。
 そのことに気づかせてくれたのは、この逗子に引っ越しそうと決めたことが切っ掛けにになっている。あのまま日吉に住んでいたら、それまでに纏っていたものの上に、さらに別のなにかを纏い続け、ギターの音の響きに感動することもない自分のままでいたかもしれない。
 あれからWebサイトでときおり彼女の作品を眺めるようになった。
 それはたとえばJames Taylorの優しい歌声を聞いているときだったり、Eric Claptonが紡ぎ出す音色に聞き惚れているときだったりするんだが、あの風の音を感じたくなると彼女のサイトを訪れて「風の街」をいつまでも眺めることがあった。
 その風の音を感じながら、ぼくはとてもシンプルな答えに辿り着くことができた。
 どうして逗子なの?
 その答えだ。実に簡単なものだ。
 それは、この街に海があるからだ。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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2013.05.09

海のある街    風の街 14

 いつかはMartinが欲しい。
 そういえば昔、そう思っていたことがあった。
 そんなことを思い出しながら、しばらくコードをいくつか弾いていた。そのうち、ちゃんとした曲が弾きたくなったけど、コード進行なんかはもうほとんど忘れている。
 TAB譜をまとめた本を買ってもいいんだが、いまそれを売っているはず楽器店から戻ってきたばかりだ。また、買いにいくのもさすがに面倒だ。
──そうか、こういうときのためのネットだよ。
 ぼくは試しにネットで検索をしてみた。するといろいろな曲のTABが公開されていることが判った。
 そのTAB譜の中から、ぼくは「The Sage」という曲を選んだ。
 Emerson, Lake & Palmerというバンドが1971年に発表した「展覧会の絵」というライブアルバムの中の一曲だ。このアルバムはムソルグスキーが作曲した曲をメインに、他の楽曲をアレンジしたものやオリジナル曲が混ざって構成されている。
 The Sageはメンバーのひとり、Greg Lakeが作曲したとても美しい曲だ。このアルバムに収録されている他の曲は、シンセサイザーを中心にしたロックになっているが、この曲だけはアコースティックギター一本で、彼自身がその澄んだ声で歌っている。とても印象的な曲だった。
 大学の頃、雑誌に載っていたTAB譜で弾いていたけど、もうすっかり忘れてしまっている。ぼくはネットで見つけたTAB譜を頼りにすこしずつすこしずつ思い出しながら弾きはじめた。
 歌の部分はそんなに複雑ではなかったけど、間奏の部分は指の運びがむずかしい。
 もちろんすぐに弾けるようになるとは思わなかった。
 譜を見なくてもなんとか弾けるようになるまでに一週間はかかっただろうか。曲をいくつかのパートに分けて、集中して練習もしてみた。こうやって細かな部分をすこつずつ完成させて、あとで全体をまとめるというやり方はいままでのぼくにはできなかったことだ。
 不思議なものでいつの間にかこういった習慣もすこしずつ変化していることに気づかされる。
 新しい自分の発見。
 そんなに大袈裟な言葉でいうことではないかもしれないけど、確かにそのとおりなのだ。いままでのぼくなら全体を一気に構築していく方法でできなければ、それはそのまま放置していただろう。

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2013.05.08

海のある街    風の街 13

 年が改まって、はじめたことがある。
 いや、新しくはじめたわけじゃないな。昔やっていたことをふたたび再開したといった方がいいかもしれない。
 リビングとして使っている部屋の隅に置いてあったギターケースから、ギターを引っ張り出したのだ。
 日吉に住んでいたときにはときどきに手にしていたけど、1弦が切れてしまってそのままにしていたギター。大学の頃に買ったものでそんなに高価なものではない。それでも中学の終わり頃からギターを弾きはじめたぼくにとって、そのギターは大切なギターであったことは確かだ。
 友だちとアマチュアバンドを組んでステージで唄ったこともある。
 どうしても捨てられない本があったように、やはり捨てられないもののひとつだった。そのギターを眺めているうちに新しい弦を張ってやろうと思い立った。
 ぼくは横浜の楽器店へいくと、Martinの弦を買った。
 下宿住まいの大学生にとっては高価な部類のものだったので、よほどのことがないと買うことはなかったMartinの弦。いまは安価で手に入るようになっていた。これはぼくにとってはちょっとした驚きだったけど。
 とんぼ返りのような格好で家に戻ると、すぐに弦を張り替えた。
 Martin Marquisのエクストラライトゲージだ。Phosphor Bronze弦で、ボールエンドの部分がシルクでていねいにラップされている。
 弦を張り替えると、すぐに音叉を使ってチューニングをした。
 久しぶりだったからか音叉の音をきちん拾えない。それでも何度か音を合わせていくうちに、5弦のAの音を440Hzに合わせることができた。
 久しぶりに弾くギター。もう五年ぐらいは触っていなかったかもしれない。
 そのためかコードがきちんと押さえられなかった。
 それでも久しぶりにギターから響いてくるMartinの弦の音は素敵だった。華やかできらびやかな響きが伝わってくる。Martinのギターを手にしてその響きを聴いたわけではないけど、きっとこれと同じような音を聴くことができるんだろう。

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2013.05.07

海のある街    風の街 12

 新しい年を迎えた。
 けれど、ぼくの生活が大きく変わることはなかった。ただひとつ、独りになったということを除けば。
 生活が変わることはあまりなかったが、しかしぼく自身はなにか大きな変化を感じていた。それは引っ越しをするときに感じた、持ち続けてきたモノを捨て去るときということと大いに関係している。
 持ち続けてきたモノの中には、オブジェクトとしてのモノ以外にもあることが解ったからだ。
 それはたとえていうと、いままで生きてきてぼくが身に纏ってきたモノといってもいいだろう。
 雨が降るとレインコートを着るように、そのとき、その場に合わせてなにかを身につける。けれど、それを脱いでまた別のなにかを着るのではなく、人は纏ったその上にさらに別のモノを纏うこともあるようだ。
 それは仕事をしているときの顔であったり、あるいは結婚をしてふたりで住みはじめたときの顔であったり、あるいは知り合いの人と会うときの顔であったり。そうやっていくつもの自分自身を纏って歳を重ねて来てしまったように思う。
 意図して纏ったモノもあるだろう。けれど中には意識しないうちに身についてしまったモノもあるはずだ。
 そういったモノをすべて捨て去る。
 これは独りにならなければできないことだったのかもしれない。もちろんそれには、ぼくにとってはという注釈をつけておいた方がいいかもしれないが。
 服を一枚一枚脱ぎ捨てるように、ぼくが纏ってしまったモノを脱ぎ捨ていく。
 ほんとうの裸になった自分を見たときに、見えるモノ。それが、きっと本来の自分自身なのだ。
 鏡に映る自分の姿を見ることは簡単だ。
 けれど、それが自分自身を見ることにはならない。鏡に映っているものはあくまでも虚像にすぎない。
 本来の自分は、自らの心で観るしかない。
 そのために、ぼくはきっとこうやってすべてを捨てる時期を迎えたのだろう。

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2013.05.06

海のある街    風の街 11

 気がつくと大晦日だった。時間の経過は歳を重ねるごとに早くなる気がする。
 五歳の子どもにとって一年は人生の五分の一にもなるが、ぼくの歳になってしまうと五十何分の一だ。だから、年々時間の経過が早く感じられるのだろう。
 ひとりで迎える年越し。
 こういうことになるとは年のはじめには思いもしなかった。人生、どこでなにがあるのか判らないということを実感するしかないんだろう。
 酒を飲みながらMacで映画を観て過ごす大晦日。締めくくりに天ぷら蕎麦を食べて年が過ぎようとしていた。
 日吉に住んでいたときには、すぐ近くに寺があったために鐘の音が鳴りはじめる頃だ。逗子では鐘の音を聞くことはいままでなかった。
 ぼくはふいに思い立ち二年参りすることにした。
 外出できる格好に着替えると革ジャンを着て、外に出た。風が冷たい。手がかじかんでしまいそうなほど冷たかった。すこし強めの風を浴びながらぼくは市役所の方へと歩いていった。
 延命寺の前で信号待ちをしていると、多くの人が延命寺の中で列をなしていた。
──なんだろう?
 不思議には思ったが、ぼくはそのまま亀岡八幡宮へと向かった。
 市役所の隣にある神社。境内はなだらかな岡で、カメの甲羅のような形をしていたために亀岡と名付けられたのだそうだ。隣の鎌倉が鶴岡八幡宮だからということもあるんだろう。
 ここもすでに多くの人が並んでいた。もうちょっとで境内の外、市役所の入り口近くまで行列ができそうだった。
 前に進む気配がなくてどうしてだろうと思っていたら、年が明けてから参拝することになっていたようだ。
 やがて法螺貝が吹き鳴らされると、ゆっくりと列が進んでいく。
 ほどなく順番がやってきた。社の前に立ち、賽銭を投げ入れると大きな鈴を鳴らし、参拝する。社の中では御神酒が用意されていて、参拝が終わった人に振る舞われていた。
 はじめての体験だ。
 ぼくはありがたく御神酒をいただいた。
 なんだかはじめて地元意識を抱いた気分だった。逗子市民になってもう三回目の正月だというのに、不思議な感覚だった。故郷を持たないぼくにとって、こんな感覚をいままで抱いたことはついぞなかった。
 その帰り道、ついでだからと延命寺にもお参りすることにした。
 ここで列を作っていたのは鐘をつく順番を待っていた人たちだった。
 ぼくはそのまま階段を登り本殿の中に入るとお参りをした。ここでも御酒が振る舞われていた。
 家に帰ると、はじめて抱いた感覚をそのまま忘れないようにと思いながら布団に潜り込んだ。

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2013.05.05

四月の映画

SHERLOCK / シャーロック [DVD] SHERLOCK/シャーロック シーズン2 [DVD] スペース カウボーイ 特別版 [DVD] オーシャンズ11 特別版 [DVD]
 ゴールデンウィークも明日で終わってしまう。やれやれ。
 四月の映画なんだが、今回は「SHERLOCK」がメイン。BBC のテレビドラマとはいえ、それぞれの尺が一時間半ほどあって、その中身も映画といっていいだろうというグレードなので、四月はこういうことになっている。シーズン 3 は今年放送予定ということで、ぼくが観たのはシーズン 2 まで。それぞれ 3 話作られているので、合計で 6 本観たことになる。
 どこがおもしろいのかというと、まずなによりもキャラが立っている。
 時代を現代に置き換えてはいるが、あそこまで犯罪の謎を解くことにわがままぶりを発揮するキャラは、まさしくシャーロック・ホームズそのもの。事件が起こらないからとイライラして壁を銃で撃ったり、研究材料として持ち帰った人の頭を冷蔵庫に保存したり。
 ここまでホームズのキャラが身勝手に描かれている作品もないと思うんだが、それだからこそ、観ていて、ああ彼こそがシャーロックだよと感じ入ってしまうわけだ。
 あわせて、ワトソンもまさにぴったり。このふたりのキャラがあまりにも素晴らしいので、何度、観直しても退屈しない。
 早く次のシーズンが観たいよ。なにせ、シーズン 2 のラストは衝撃的な終わり方してるからなぁ。

 ということで他の映画を観る気が起きずに、なんとか観たのが「スペース カウボーイ」と「オーシャンズ11」。 「スペース カウボーイ」は爺さんたちが宇宙で活躍して、まぁ、予定調和というか大団円で終わる。というか、ひとりは犠牲になっちゃうけど、まぁそれは織り込み済みということで。こういうストーリーが成立するというのも素晴らしいが、なによりも爺さんたち四人の配役がよろしい。

「オーシャンズ11」はなんだかシリーズになってしまっている感があるけど、ハリウッドの娯楽作品としてよくできている。
敵役のアンディ・ガルシアの冷酷なところがもうちょっとあるとよかったかもしれんが、ここまで役者並べたら、それはそれでむずかしいかもしれない。はい。

 ということで、さて五月はどんな映画を観ますかね。って、まず「シリアナ」観てるんだけどね。

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2013.05.03

海のある街    風の街 10

 紙コップにお茶を注ぐと、彼女はぼくに渡した。
「冷たいけど、大丈夫よね」
「ありがとう」
 ぼくは受け取ると、ひと口飲んだ。
「これ、なんていうジャンルのアートなんですか? ガラスで創られたこういう作品をはじめて観たんです」
 なんだか間抜けな質問だった。
「ガラスコラージュよ。クリスタルコラージュともいうわね。作り方そのままね」
 彼女は微笑んで答えた。
 笑顔が綺麗だった。
 歳はどれぐらいか判らなかったけど、積み重ねてきた時間をきちんと自分のものして生きてきた、そんな笑顔だった。若くはないが、しかしまだ中年という歳までは何年も猶予がありそうだ。
「もう長いんですか? こういう作品を創って」
「そうねぇ、十年ちょっとかしら。ほんとうは油絵描くつもりだったんだけど、ガラスの魅力に取り付かれちゃったみたい。透明な癖に、いろいろな色があって、形もさまざまだし、重さもあって、まるで音が聞こえるようでしょ。それなのにやっぱりガラスなの」
 そういうと、彼女は自分のために紙コップにお茶を注いで飲んだ。
 ぼくは黙って頷くと、もう一度壁に並んでいる作品をゆっくりと観直した。
 どれもとても興味深い作品ばかりだった。
 ちいさな額からは囁くような声が、大きな額からは豊かに響き渡るような音が聞こえてくるようだった。
 こんな作品を飾ったら、きっと家の印象もガラリと変わるかもしれない。
「風の街」というタイトルの作品の前に立ち、そっと眼を閉じて作品を頭の中に思い浮かべてみる。胸の奥の方まで透きとおった音が染みこんでいくようだった。
「今日で個展は終わりなの」
 ゆっくり目を開くと、そこは「風の街」だった。
 とても新鮮な感覚だった。心が気持ちよく揺さぶられている。
 ぼくは振り返ると、頷いた。
「もっと早く来ればよかった」
 素直に気持ちをいった。
「ありがとう。もしよければWebサイトに作品が載っているから、あとで見てみて」
 彼女はそういうとぼくに名刺を差し出した。
──村津たか子。
 ガラスのイメージが散りばめられたカードの真ん中に名前があった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
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2013.05.02

海のある街    風の街 9

 潮風を胸一杯吸い込んで、ぼくは海から戻ることにした。
 また富士見橋を渡り、バス通りを田越橋まで歩いた。葉山から戻ってくるバスはこの交差点で左折して駅へと向かう。この信号から先の道路は生活道路のようなもので対面通行も工夫しないとできない幅だ。
 交差点を越えて三十メーターほどいくと田越川を渡る歩行者のための小さな橋があった。
 この橋を渡って、川の向こう側を歩いていくとそのまま京急の新逗子駅へといくことができる。
 ぼくはその橋を渡って、木立が立ち並ぶ川沿いの道を駅の方へと歩き出した。
 このあたりをいままでほとんど歩いたことがなかった。ゆるやかに左にカーブする川に寄り添うように道も曲がっていた。すこしいくと、ちいさなギャラリースペースがあった。
──zishi art gallery。
 街の中にこういうスペースがあるのは嬉しい。
 その佇まいといい、空間といいなんとなく逗子に似合っていた。ちょうど個展を開いているところだったようで、ぼくはその中へと入ってみた。
 そこにはガラスで創られた作品が展示されていた。
 いろいろなサイズの額の中に、さまざまな色と形をしたガラスをコラージュして創られた作品群。素材感とともに質量を伴った不思議な作品が並んでいる。
 大きな額で創られた作品がぼくの目に止まった。
「風の街」というタイトルのその作品からは、懐かしいちょっと埃っぽい風の匂いと、それから風が吹き抜ける音が聞こえてくるようだった。
 ゆっくりと壁に並んだ作品を観ていると、入り口の扉が開いて、女性がひとり入ってきた。どうやら買い物から帰ってきたようだった。展示している作品の作者だろう。
「あら、いらっしゃい」
 柔らかい笑みだった。
 シャツの上にカーデガンを羽織り、すこし長目のスカートを穿いていた。その上に薄手のコート纏っている。
 彼女はコートを脱ぐと手早く折りたたんで、奥にある机の引き出しにしまった。
 長い髪が揺れている。
「もしよかったらお茶でも飲みませんか?」
 彼女は買ってきたばかりのコンビニの袋から大ぶりのペットボトルを取り出しながらいった。
「それじゃ、すこしだけ」
 なんて答えたらいいのか迷ったぼくはそんな言葉を返した。

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2013.05.01

海のある街    風の街 8

 まだビーチサンダルで散歩ができるぎりぎりの季節だ。逗子に住む強者の中には一年中サンダルで散歩している人もいる。さすがにぼくの足はまだそこまで鍛えられていない。冬になると海へいくにも靴が必要になる。
 バス通りを駅に向かってすこし歩いてから左に折れて住宅街の中へ入っていく。住宅街の中の道は曲がりくねっていてはいるがそのまま歩き続けると田越橋へ出るはずだった。
 やがて右側に田越川が見えはじめ、前方に田越橋の交差点が見えてきた。
 信号が変わるとそのまま直進する。
 しばらく川沿いを歩いていく。田越橋の交差点から先はバス通りになっている。田越川が右に大きく蛇行するあたりで、バス通りは逆に左にカーブする。さらに進んだところで、ふたたび田越川にぶつかるとそのままバス通りは田越川沿いに海まで続く。
 河口にかかる渚橋のひとつ手前の富士見橋を渡り、渚マリーナの脇の道を歩いていくと海に辿り着く。
 家から二十分ちょっと。のんびり歩くと二十五分ちかくかかりそうだった。
 それでも家から海まで歩けるのはいいことだ。見たいときに海へいけるようにと逗子に引っ越したわけだから、歩いて海へいけないところに住まなければいけなのであれば、逗子に引っ越した意味がない。
 そのまま渚橋をくぐり波打ち際へと歩いていく。
 左には田越川の河口と海との境に置かれたブロックがある。ここから逗子の海岸がはじまっている。ぼくがいる場所はちょうど海岸の一番東端ということになる。
 海から吹く風を全身に浴びてから、ぼくは西浜を目指してゆっくりと歩きはじめた。
 海水浴場はちょうどハーフマイルになっているそうだ。メートルでいうと八百メートル。海岸の端から端までは一キロあるかないかといったところだろうか。
 砂を踏みながらときおり海を見てぼくは歩き続けた。
 海の向こうには伊豆半島があり、条件がよければ富士山が綺麗に見える。今日も頭に白い雪を被った富士山が見えた。その右側には江の島が浮かんでいる。
 中央のあたりでいったん足を止める。
 江の島は大崎で隠れてしまっている。そのまま西浜の出入り口までのんびりと歩くと、Uターンをしてまた東浜へと戻ることにした。
 陽がゆっくりと落ちていく。
 逗子の砂浜から見ると、海は左側に突きだした葉山の突堤と右側の大崎に囲まれるような感じで、とてもこぢんまりと見える。湾になっているため、ふだんは波もほとんどなく穏やかだ。
 ときにはまるで鏡のように静かなこともある。

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