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2013.05.03

海のある街    風の街 10

 紙コップにお茶を注ぐと、彼女はぼくに渡した。
「冷たいけど、大丈夫よね」
「ありがとう」
 ぼくは受け取ると、ひと口飲んだ。
「これ、なんていうジャンルのアートなんですか? ガラスで創られたこういう作品をはじめて観たんです」
 なんだか間抜けな質問だった。
「ガラスコラージュよ。クリスタルコラージュともいうわね。作り方そのままね」
 彼女は微笑んで答えた。
 笑顔が綺麗だった。
 歳はどれぐらいか判らなかったけど、積み重ねてきた時間をきちんと自分のものして生きてきた、そんな笑顔だった。若くはないが、しかしまだ中年という歳までは何年も猶予がありそうだ。
「もう長いんですか? こういう作品を創って」
「そうねぇ、十年ちょっとかしら。ほんとうは油絵描くつもりだったんだけど、ガラスの魅力に取り付かれちゃったみたい。透明な癖に、いろいろな色があって、形もさまざまだし、重さもあって、まるで音が聞こえるようでしょ。それなのにやっぱりガラスなの」
 そういうと、彼女は自分のために紙コップにお茶を注いで飲んだ。
 ぼくは黙って頷くと、もう一度壁に並んでいる作品をゆっくりと観直した。
 どれもとても興味深い作品ばかりだった。
 ちいさな額からは囁くような声が、大きな額からは豊かに響き渡るような音が聞こえてくるようだった。
 こんな作品を飾ったら、きっと家の印象もガラリと変わるかもしれない。
「風の街」というタイトルの作品の前に立ち、そっと眼を閉じて作品を頭の中に思い浮かべてみる。胸の奥の方まで透きとおった音が染みこんでいくようだった。
「今日で個展は終わりなの」
 ゆっくり目を開くと、そこは「風の街」だった。
 とても新鮮な感覚だった。心が気持ちよく揺さぶられている。
 ぼくは振り返ると、頷いた。
「もっと早く来ればよかった」
 素直に気持ちをいった。
「ありがとう。もしよければWebサイトに作品が載っているから、あとで見てみて」
 彼女はそういうとぼくに名刺を差し出した。
──村津たか子。
 ガラスのイメージが散りばめられたカードの真ん中に名前があった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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