« 伝え方が 9 割 | トップページ | 海のある街    ペーパーフィルター 9 »

2013.04.10

海のある街    ペーパーフィルター 8

「そんなものなの?」
「かさぶたは早く作ってしまった方が綺麗に治るんだ。そのためにも傷口が開いている間に、たっぷりと塩を塗るってわけだ」
「楽しんでるだけじゃないの?」
「まぁ、それもある」
「ほら、やっぱり」
「でも、付き合ってたのはせいぜい一年ぐらいだろ」
「まあね」
「じゃ傷口だってそんなに大きくはないさ」
「マスターはどうなの?」
「俺か、俺は自慢じゃないが八年間、傷つき続けている」
 「八年って……」
「だからいったろ、経験者なんだからよく解るんだよ」
 ぼくは言葉を失った。
「どうだ、ブルマン美味しいだろ。他の店じゃぜったいに飲めないからな」
「うん」
「おまけに、ジャニス・イアン付きだし」
 マスターは声を上げて笑った。
 八年傷つき続けているって、どうなんだろう?
 当時のぼくには想像もつかない長い時間だった。
 大学四年のぼくはその頃、二十三才だった。一年浪人しているから、他の人よりもひとつだけ歳上だ。その三分の一以上の年月、ひとりの人を想いつづけて、しかもそれが実らないというは、どうなんだろう。
 マスターが負っている傷の広さと、そして深さをぼくなんかが知ることはきっとできないに違いない。ぼくはそう納得することにした。
 水を飲み干して、口の中の味を洗い流すと、ぼくはいつもの珈琲を頼んだ。
「泥水でいいのか?」
 マスターが訊く。
「とびっきりの泥水を」
 ぼくはそう答えた。
 あの日、飲んだぼく専用のただ苦いだけのブレンドはいつもとは違った味がした。
 それは産まれてはじめて飲んだ、正真正銘のブルーマウンテンのせいだったのかもしれないし、マスターが傷つき続けている八年という年月の重さのせいだったのかもしれない。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

|

« 伝え方が 9 割 | トップページ | 海のある街    ペーパーフィルター 9 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/476084/51158618

この記事へのトラックバック一覧です: 海のある街    ペーパーフィルター 8:

« 伝え方が 9 割 | トップページ | 海のある街    ペーパーフィルター 9 »