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2013.04.08

海のある街    ペーパーフィルター 6

 いつも賑やかなその店も、ときには客がまったくいないときがある。
 まるでエアポケットのようにその時間だけ、人がいなくて、ただ静かな時だけが流れる。
 滅多にないことだけど、あのときはどうしてだろう早い時間帯だったからか、マスターとふたりきりだった。
 店に入ると、黙ってカウンターの真ん中に座った。
 マスターも黙って、氷がいっぱい入ったグラスに水を注いでそのまま出す。
 ときどき製氷機が音を立てる。できた氷が保冷庫に落ちる音だ。
 こういうとき、マスターはただ静かにレコードを聴いている。
 ぼくもときどき水を飲んで、ただ静かに音楽を聴いていた。あれは、ジャズギターのレコードだったろうか?
 マスターのコレクションがどれほどあるのか知らなかったけど、店に置いてあるレコードの枚数はそれほど多くない。せいぜい二、三十枚だったはずだ。
 しばらくしてマスターが豆を挽きはじめた。
 ポットが湯気を上げている。
 ペーパーフィルターをドリッパーにセットすると、お湯を注いで湿らせた。そこへいま挽いたばかりの豆を入れる。いつものマスターの真剣勝負がはじまる。
 ゆっくりと身体ごと動かして珈琲を淹れる。
 注いだお湯がすべてサーバーに落ちきると、いつも使っているカップよりも小さめのものに珈琲を注いだ。そのカップを乗せた皿ごとぼくの前に出した。
「飲んだことないだろ」
 マスターが口を開いた。
「なに?」
 ぼくはカップに手を伸ばした。
「ブルーマウンテン。やっと、少しだけ手に入った」
 マスターはそういうと嬉しそうに笑った。
 カップを持ち上げて、まず香りを嗅いだ。上品な珈琲の香りだった。もっと強烈なものなのかと思ったが、そうではなかった。
 ひと口、飲んでみる。
 心地いい苦みが口の中に広がり、すうっと消えた。
 とても飲みやすかった。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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