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2013.04.03

海のある街    ペーパーフィルター 3

 ぼくは苦みのある珈琲が好きだった。ただ酸味は好みではない。だから珈琲を銘柄で選ぶとしたら、だいたいスマトラ・マンデリンということになる。ちょっとした専門店だとだいたいメニューにある銘柄だ。
 だからといってこれを頼んでもマスターは素直に淹れてくれない。
「苦いだけがいいのか?」
 いつだったか、そう訊かれたことがあった。
「酸味はだめ。できたらない方がいい」
「わかった。明後日淹れてやるよ」
 そんな話をした、その当日。
「いい豆が入ったから」
 マスターはそういうと、真新しい袋から豆を取り出しその場で挽き、いつものように珈琲を淹れてくれた。
 ドリッパーにペーパーフィルターをセットすると、沸騰したお湯の入ったポットから直にお湯を注ぎ湿らせる。この間が大切らしい。ガスレンジから降ろしている間にお湯の温度が下がる。珈琲を淹れるのに最適なお湯の温度は九十五度前後なんだそうだ。
 挽き立ての粉を入れるとドリッパーを軽く叩いてならす。そのあと、ゆっくりとしかも可能な限り細くお湯を注いでいく。粉がゆっくりと膨れあがり、ペーパーフィルターから零れそうなほど盛り上がっていく。サーバーにお湯が落ちていたら、一度、それを捨てる。
 それからふくらみ具合を確かめて、お湯を注ぐ。さっきは中心のところにお湯を置いていった感じだったが、今度はのの字を描くように注いでいく。萎みかけた粉がまたゆっくりと膨れあがって、サーバーへ珈琲が落ちていく。
 お湯を注ぐのは三度。どうやらこれはマスターが自分に課したやり方のようだ。
 時間にしてみれば五分も経たない短い時間だが、彼にとって珈琲を淹れることは真剣勝負を挑んでいるようにものらしい。息を詰め、両脇をしっかり締めて、手先ではなく身体ごと動かしてお湯を注いでいく。
 このときだけ、マスターの周りの空気は張り詰めたようになる。
 淹れ終わると、予めお湯を注いで温めていたカップを空にして、サーバーから珈琲を注ぐ。サーバーに少しだけ残った珈琲はマスターの確認用の分だ。これは自分専用のカップに注いで味を確かめる。

※この物語は、私小説と与太話の中間のようなものだと思ってもらいたい。
 実在の人物や、実在のお店などが出てきても、あくまでもフィクションです。

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