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2012年12月

2012.12.31

そして大晦日

 なんとなく今年の総括は昨日のエントリーでやってしまったような気になっている。
 まぁ、それだけ最後の肺炎という病気が一年を象徴しているような年だったということだ。簡単にいえば、酷い一年でした。
 でも、今年をそういう一年にしたのは紛れもない自分自身だから、そのことについてはなにもいわない。いろいろあったけど、そしていろいろなことが変わったけど、そしてこれからもっともっと変わりそうな波乱含みのまま今年が終わる。

 さてと、来年はいろいろとやりたいことがある。
 新年を迎える前にやりことが頭の中でふつふつと湧き上がるのはじつはぼくにとっては珍しいことだ。
 頭の中ではもうすでにやりたいことリストができあがっていて、早くそれをひとつずつ実行していきたい気分になっている。
 ひとつひとつ書いていくと、きっととても長い話になりそうなので、それについては年が改まったらおいおい書いていくことにしよう。
 ということで、みなさま、よいお年を。

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2012.12.30

なぜか肺を病む ラスト

 とりあえず全快した、ことにしておく。木曜日に病院へ行き、採血され、その結果は良好だったと病院から連絡があったので、もう大丈夫だろう。
 しかし、予想以上に重病だったようでそれは医者にも繰り返しいわれた。
 とはいえ通院でなんとか治ったわけだから、そこまでの大病というわけではないといってもいいだろう。

 よくよく考えてみればぼくは病院に入院した経験がない。
 子どもの頃に牛乳瓶を割ってしまい左の掌を何針か縫った経験はあるが、それ意外に身体にメスを入れられたりということはない。高校のときに、右の鎖骨を骨折したことがあるが、このときもギブスで肩を固められただけで通院で治している。
 もっともしばらく右手が使えず左手で箸を使うことを覚えたのは、いまとなっては遠い昔の思い出だ。

 社会人になってからも病院とはあまり縁がなく、通ったとしたらせいぜい歯医者ぐらいなものだ。
 一度、膀胱炎になったことがあったなぁ。血尿が出てビックリしたが、あれも投薬で治した。男性が膀胱炎になるのはとても珍しいらしい。ただ、かなり疲労していたから罹ってしまったようだ。
 あのときは、ちょうど仕事で忙しかったということもある。でもなぜかこういう病気に罹るときというのは、なにかの区切りの時が多いようだ。新しい仕事の依頼があったけど、しばらくはゆっくりと休んだ方がいいと医者にいわれて、仕事を断ったっけ。
 いまにして思えば、ちょっと無謀ともいえる仕事になりそうだったので、あれ引き受けていたら大変なことになっていたような気がする。

 そのあと憩室のせいで血便が出たこともあった。このときもかなりビックリしたが、検査をしてもらったら大腸にポリープがあるというので、切除の手術を受けた。でもこのときも通院だけで済んでいる。
 大腸にカメラを突っ込んであれこれ検査され、手術も同様にカメラを突っ込まれ、そのまま切除してもらったんだが、その前に飲まされた下剤、腸管洗浄剤が強烈で、消化器官にあるあらゆるものを排泄することになった。このとき、人間の身体ってようするに管の周りに手足が付いているようなものなんだなぁ、と実感させられた。
 このときも、仕事の区切りのタイミングだったような気がする。
 仕事というよりは人生での大きな変化といった方がいいかもしれない。

 それから痛風か。
 あれは痛かったなぁ。右足のくるぶしの部分に痛みが走って、まったく身動きできなかったっけ。
 ちょうど少年サッカーのコーチをやっていたときで、捻挫でもしたのかと思ったが、医者の宣告は「やっぱり痛風ですね」だった。
 あのあとしばらく血圧の薬とそれから尿酸値を下げる薬を飲んでいた。
 逗子に引っ越しをしてからもしばらく飲んでいたけど、なんだかどさくさ紛れにいつのまにか病院へ行かなくなってしまったが、再発はしていない。

 それから今回の肺炎だ。
 ちょうど採血されてあれこれ調べられたが血圧も高くはなかったようだし、尿酸値も平均の範囲内に収まったいた。どうやらしばらく薬を飲み続けたのがよかったのか、生活が改善されたのか。
 確かに、昔ほど酒を呑まなくなったのは大きいかもしれない。
 逗子に引っ越しをしてから飲酒量はぐっと減っているからなぁ。

 ということで、ざっといままでの病歴を並べてみたけど、確かに入院していない。
 ぼくの家族は子ども三人を含め、奥さんも入院した経験があるというのに、不思議なものだ。
 でも、できたらこのまま入院なんかせずに人生をまっとうしたいけど、老後はあれこれ世話になることになるんだろうなぁ。できたら病院とは無縁でいたいんだけどね。

 しかし、今回の肺炎はぼくの人生にどんな変化を与えてくれるんだろう。いまはむしろそのことがとても楽しみではある。ちょうど年が変わるときでもあるし、きっと来年はいい年になるんだろう。
 そう考えて、新年を楽しみにしている。
 そのぐらいの勘違いは許してもらってもいいだろう。なにしろ、かなり重い肺炎を患ったわけだから。

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2012.12.24

髪を切りながらつらつら考える

 予約していたので髪を切りに行く。
 よく考えたら今年は三回しか髪をカットしていない。ということは、伸び放題髪を伸ばしてから切っているということだが、今回はそこまで伸ばすことなくカット。だからなんだと問われると答えに詰まってしまうが、いままでは予約していても変更したり、すっぽかしたりといろいろとあったりして、まぁ、迷惑をかけるだけかけてしまっていたが、今回は予約通り。
 ちょっと生活のパターンが決まりきったものになっているということでもある。それがいいことなのかどうなのか、その判断はまた別の機会にしよう。

 よく考えたら、今日はもう 24 日なわけで、今日が過ぎてしまうと、今年の残りも一週間しかない。なんと、瞬く間に一年が過ぎようとしているではないか。やれやれ。
 今年は、いろいろと考えていたことのなにひとつ形にできていないような気がする。
 それでいて時間だけが過ぎてしまっている。

 来週は年末年始でなにもできないだろうから、なにかやるとしたらもう今週しか残っていないわけかぁ。
 だからといっていまさら焦ってもどうしようもないし、ともかく肺炎をちゃんと治して、今年一年をじっくりと振り返って、来年に備えるのもひとつの手かもしれない。
 まぁ病み上がりだしなぁ。
 などと考えながら、髪がどんどん短くなっていくぼくが映っている鏡を見ていたわけだ。

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2012.12.20

なぜか肺を病む その3

 いい加減、このタイトルを終わらせたいんだが、どうやらあと一週間ほど様子をみましょうということになった。
 朝一で病院へ行き、これで終わりだろうと思ったんだが、まだ炎症が完全に消えたわけではなさそうだった。予想以上に重い症状だったようですね、という医者の言葉が気にかかる。
 というか、発病したとき、じゃないな、最初に医者に行ったときにはそうとうの重傷だったようだ。どこまで鈍感なのか。これは我慢強いとかいうことではなく、本来ならばもっと早く異常に気づくべきだったようだ。やれやれ。

 で、病院へ行って検査をするとあれこれ身体のあっちこっちに不具合が見つかる。
 バグを修正したら、ついでにこまかなバグが見つかったといったような塩梅だ。まぁ、生身の身体とプログラムのバグを同列で語るのはどうかとは思うけど、ぼく的には似たようなところだったりするからなぁ。
 ということで、来週、もう一度通院して血液検査をすることになった。
 炎症の確認はレントゲンよりも血液の方がよくわかるらしい。白血球の数がその状態をなによりも物語っているようだ。なるほど。

 最後に、思った以上に身体は疲れてますよ、といわれてしまった。
 まぁ、そろそろ年末に突入するわけだし、今年は大人しく年越しをするよりないようだ。
 昔みたいに、どんちゃん騒ぎしたり、忘年会続きなんてことはないから、のんびりと大人しく過ごすことにしよう。
 ついでに、いままでの日常を大切にできるように、とりあえず生活のリズムを元に戻すことがまずは第一かもしれないけど。

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2012.12.17

なぜか肺を病む その2

 ということで、まだ完治していなかったりする。
 たぶん発病が 11 月 30 日の金曜だとは思う。で、あまりの熱に仕事を休んで病院へ行ったのが、その翌週の 12 月 7 日のこと。
 病名も判明して、薬も処方してもらい、すっかり治った気になっていたんだが、咳がだんだんひどくなり、12 月 12 日にはあまりに咳が出るために、夜、ほとんど寝ていられなかったほど。

 で、翌日の 13 日に病院へ咳止めをもらいに行ったんだが、改めてレントゲンを撮られ、先週よりも悪化しているかもしれないといわれてしまった。確かにレントゲンの写真を見較べてみると、白い影が大きくなっていた。このままだと入院ということになるかもしれないと脅され、翌朝、改めて診察に来なさいということになって、朝から病院へ行き、血液を採られ、その結果、なんとか快復に向かっていることが判明。

 ということで、まぁ、今週中には全快するだろうという感じで、過ごしている。
 ただ、問題なのはそれまでの生活習慣が完璧に崩れてしまっているということだ。起床時間ひとつ取ってもそれは明らか。まぁ、体力回復が第一だから寝ていられるだけ寝ているわけだけど、そうなるとどうしても起床時間がずるずると遅くなってしまっている。

 あとは体力不足。階段の上り下りでの疲れが特に目立つ。
 発病する直前はプールで 1km 泳いでいたというのに、たぶんいまそんなに泳げなくなってしまっていると思う。
 そのあたりは、ゆっくりと元に戻していく努力をすべきなのかもしれないなぁ。
 いきなり元に戻れるほど若くはないことがわかっているだけに、このあたりはとてももどかしいことではあるけどね。

 あとは、アウトプットだな。これもめっきりと減ってしまっているから、早く元に戻したいよね。というか、以前よりももっとアウトプットするようにできればしたいものだ。

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2012.12.10

なぜか肺を病む

 ことの発端はいまにして思えば 11 月 30 日の夕方頃だ。
 デスクに向かったまま、なぜか右の肩胛骨のあたりに違和感を覚えたのだ。ああ、きっと筋が違っちゃったぞといった感じだった。不思議なことは、いまでもよく覚えているんだが、ゆっくりと痛みが移動していったことだった。
 ただ前日にたっぷりプールで泳いだのに、なぜ背中に痛みを覚えるのかその理由がよくわからなかった。

 その日の夕方から確かに筋が違ったような痛みを右の肩胛骨に感じるようになったわけだが、問題はその翌日の夕方のことだ。痛みを確かめるように右腕を回していたら、その痛みがゆっくりと移動しはじめた。まるで潮の流れが変わったように、ゆっくりと痛みだけが背中から脇を通り抜け、胸へとじわじわと動いていったのを感じた。
 おかしな話だ。筋が違ったんなら痛みが移動することなどありえない。
 でも、確かにゆっくりと体内を移動していった。そのときの感触をいまでもはっきりと覚えている。

 ということで移動した痛みは胸側をメインにときには背中も痛くなるとという、移動攻撃のような様相を呈してくれたのであった。
 と同時にときおり熱っぽさも感じるようになっていた。ただ微熱だったのだろう、熱についてはさほど気にはならなかった。むしろ痛みの方が深刻だったことは確かだ。
 ちょっと動かすだけで痛みが走る。屈んだだけでも痛むし、寝返りを打つこともできなかった。
 なにこの痛みを受容することが人生を味わうということなんだ、とどこかのだれかがいってなかったっけなどと考えたりして気を紛らわしていた。

 先週の木曜のこと。法務局へ行く用事があり、銀行へ書類を届けてきたんだが、その日の午後、なにもやる気がしなくなっていた。
 ちょっと疲れたのかもしれない、などと思うことにしたんだが、食欲も落ちていた。
 その翌朝、さすがに様子がちょっと違うぞと体温を測ってみたら、38.3℃ だった。
 出かける予定をキャンセルしてしばらくそのま寝ることにした。
 起きて測ってみたら今度は 38.5℃ だった。午後には、38.8℃ とどんどん上がっていく。これはヤバイということで病院へいった。

 体温を伝えたら、他の人たちとは別にされ、心電図を取られ、レントゲンを撮られ、さらには鼻の奥にインフルエンザの検査だからと綿棒を突っ込まれ、しばらく待ったあとようやく診察してもらえた。
 診察室に入ると、目の前には撮ったばかりのレントゲン。いままでの経過を軽く問診されたが、レントゲンの右胸の白い影を指されて、細菌性の肺炎ですといわれた。
 人って予想していないことをいわれると一瞬思考が停止する。ぼくも一瞬なんの話かよくわからなかった。
 というのも、きっとタチの悪い風邪をひいてしまい、そのために熱が出ているんだろうとしか考えていなかったからだ。この手の熱への対応はさほど困ることはない。ただ寝ていれば最終的には収まってくれる。それもその日一日布団の中で大人しくしてれば、夜にはこれ以上寝るとほんとうに寝れなくなってしまうぐらい快復する。ぼくはそんな甘い考えでいた。
 それが肺炎だって。ふむ。

 ただ抗生物質ですぐに治るらしい。熱も引けばすぐに仕事をしても大丈夫ともいわれた。
 いわれたけどこの熱がなかなか引いてくれない。
 翌日の朝は、39.1℃。昼前には 39.4℃ まで上がってくれた。さすがにそのあとは解熱剤が効いたのか少しは下がってくれたけど。
 それでも解熱剤を服用しないとやはり熱は下がってくれない。
 ということで、どうやら今週の半ばぐらいまではおとなしくしていなければいけないようだ。
 しかし、肺炎って、はじめてだよなぁ。肺を病むのは。やれやれ。

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2012.12.06

いるかホテル

「靴」が書き上がったので次の作品に取りかかっている。
 タイトルは「いるかホテル」。もちろんご存じの方も多いだろう。村上春樹の作品から取っている。彼へのオマージュだ。
 と同時に映画「1408」の原作者、スティーブン・キングへのオマージュでもある。

 実は三年ほど前にシナリオとして書いていたことがある。二時間ものとして書きはじめたんだが、ぼくの予想が外れ、というか、もうちょっと人物増やせよということはあったんだけど、一時間ちょっとで終わってしまうものになってしまった。
 しばらく寝かせておいたんだが、ひさしぶりに「ものがたり屋」はじめるために、いまあれこれリハビリしていて、登場人物を増やして原稿用紙で 150 枚ほどの中編にする予定。
 いまのままだと 100 枚がギリギリだろうからね。

 ということで昨日から出だしを書きはじめている。
 ただ枚数がそれなりのボリュームだから書き上がるまで時間はかかりそうだなぁ。
 たとえば道を歩いているときとか、電車に乗ってぼんやりしているときとか、全体の流れと新しい登場人物をいろいろと考えているんだが、どうも最初に上げた作家ふたりへのオマージュだけではないことに気がついた。

 そう作品全体のベースがね、実は「The Rocky Horror Picture Show」なんだよね。いや、あの雰囲気をそのままというわけではまったくないんだけど、なんといえばいいんだろう。作品がぼくにとっての「The Rocky Horror Picture Show」になりそうなのだ。
 ということで、ときには「Time Warp」なんか聞きながら書くつもり。なんだか楽しそうだ。
 そういえば、シナリオ書いていたときはよく「The Rocky Horror Picture Show」を観直していたっけ。なるほど実は知らず知らずのうちに影響受けていたんだなぁ。
 どんな物語になるのかいまから楽しみだ。

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2012.12.03

もう師走

 週のうち五日ほど外出しなければいけなくなっていて、しかもそのうちの二日は土日ということあり、慌ただしい日々を過ごしているうちに師走になってしまった。
 逗子市の警察署がよからぬことで脚光を浴びていたようだし、衆議院は解散したし、ガンバは J2 に降格するというし、渡辺竜王は竜王位を守ったし、高速道路のトンネルの崩落事故があったり、なにやら北朝鮮はまたミサイルを発射するらしい。

 このところすっかり読書する機会もなく、なんとなく帰りの電車では青空文庫でアーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズを読んでいるんだが、その訳があんまりなためになかなか捗らず、やっぱりスティーブン・キングの文庫でも買おうかと考えていたりする。
 それでも片岡義男の作品がいくつか収録されていることにはちょっとびっくり。
 ついでに「波乗りの島」を読了してしまった。まだ他にも収録されていて、そういう意味では青空文庫もたまには読んでもいいかもしれない。

 音楽は「Padora」で堪能していて、映画やドラマは「Hulu」で楽しんでいる。
 しかしなぜなんだろう、バタバタしているうちに時間だけが経ってしまって、なにも残っていないような気になるのは。まぁ、ひとつにはアウトプットが激減しているということがある。

 いや書きたいことはいっぱいあって、それこそネタの宝庫のような仕事をしているんだが、これがね、書けないの。機密保持ということで。
 だからなにかネタ探しをしなきゃ、アウトプットすることがでないんだが、それができずにいるんだよなぁ。
 このまま今年が終わってしまうのはちょっともったいない気もするんだが、そのためにはなにかしなくちゃね。
 ものがたり屋の方は二作目の「靴」を書き終えて、明日から次のネタで書くことになんだが、まだなにを書くか決まっていない。これはこれで困ったものなんだよなぁ。さて、どうしましょうか。

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