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2012.09.23

中国のことをちょっと考えてみたい

 と思ったのは、この blog のエントリーを読んだから。
 確かに、中国では有史以来戦争が続いてきた。しかも、他民族がさまざまな形で入り交じり、国家を樹立し、邪魔者は排除してきたことは容易に想像できる。日本にいて、国をひっくり返すような戦いを経験したことがないぼくらとは、民族としての、じゃないな、その地に住む人としての常識が違うのも当然だ。

 親兄弟だけでなく親戚縁者、それもただ血が繋がっているというだけで有無をいわさず殺されることが歴史として続いてきたのであれば、なるほど考え方も変わるだろう。
 日本では、命を助けられた頼朝が平氏を打倒しているぐらいなんだから。

 しかも、文革以降の親兄弟をも含めた他者を監視する社会というのもいたたまれなくなるほど息苦しそうだ。
 そんな社会で生きているのであれば、まず人を信じろという方が無理なことなのかもしれない。
 なにせ、政府の批判を口にしたら、いつぶち込まれるのかわからないのだ。だから、たとえお題目がなんであれ、その鬱積したなにかをぶつける機会があったら、はじけてしまうのもやむを得ないのかもしれない。

 だからといって、中国の考え方や、いまのやり方が正しいとは思えない。むしろ糾弾したいぐらいだ。
 それでも相手のことをきちんと理解するのも必要なことなのかもしれないと、この blog を読んで考えさせられた。
 国の成り立ちとそこに根付いている国民的な特徴。それは国によってずいぶん違うはずだし、なにも中国だけでなく、ほかのさまざまな国にはその国の常識があるわけで、そういうことをきちんと認識する努力も必要なのかもしれないね。
 たとえ、それがどんなに好きな国でもあっても日本とは違う常識があるはずだ。
 それは国という単位だけではないと思うけど。

 しかし、監視し合う社会というのは、ぼくにはとうてい耐えることができそうにない。平和呆けといわれようがなんといわれようが、いまぼくの住むこの社会では想像すらできないことだもんなぁ。

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