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2012.09.15

ずっと、いい子でした

 自分でいうのもなんだが、ぼくは「いい子」だった。
 親や先生の言うことをきちんと聞く子だった。というか、それがあたりまえだと思っていたし、ごく普通のことなんだと疑問を抱くこともなかった。だからということもあるのかもしれないけど、先生からもいい子という扱いを受けてきた。
 中には「おまえだけ贔屓されて」みたいなことを言ってくる子がいたが、別段、贔屓されるためになにかをやってきたわけではないので、なにを言われても聞く耳を持たなかった。
 賄賂でも渡してれば別だけど、小学生が、しかもそこまで深く物事を画策する意思のないいい子が贔屓されるためになにか小細工をするわけもない。

 だから、小学校の頃から先生とはまあまあの関係を保ってきた。
 ひとりだけ、夜中までかけて一生懸命にやった家庭科の宿題を、親にやってもらったでしょと決めつけた先生がいた。勅使河原という名の女性の先生はなんの根拠もなく、ひと目見ただけで頭ごなしに決めつけた。マジで、自分だけで仕上げた刺繍の宿題だったのに。こういうのって結構ショックだよね、だから名前も、眼鏡をかけたその顔もいまでも覚えている。
 だいたい、いい子だから、親に手伝ってもらうという頭がないのだ。それをしてもらった宿題ではない。

 だからということではないんだが、与えられた課題をこなすということについては、まったく問題なくやってきた。
 ただ、このいい子の弱点は、自らなにか問題を考えるという習慣がなかったことだ。
 いい子だから、言われたことだけをやる。というか、言われたことしかやれなかったということなんだろうなぁ。
 いつも与えられた範囲の中でだけ答えを見つけてきた。
 大学までそれはそのまま。出された問題は解く。ちゃんと解ける。でも、自分でなにが問題なのかを考えることをしてこなかった。
 学校の課題ならされでいい。でも、世の中にはそもそも答えのない問題がいっぱいだし、問題を与えられることはむしろ稀で、みずから問題を考えることの方が大切だ。

 でも、いい子にはそれができなかった。
 もっともっと破壊的なことをしてもよかったんだよな、といまになって思う。
 端から見たらぼくの人生はそれなりに無茶苦茶に見えるところもあるだろうけど、ぼく的にいえばどう考えても常識の範囲内、あるいは多くの常識の枠の中で、しかも逸脱することなく、そこで誰でもできるようなことしかやってこなかった。そんな気がする。

「ずっと純粋に不純なことをやり続けてきた」といったのは篠山紀信だったか。
 ぼくには、いい子だから不純なことができていなかったような気がする。
 なんだろう、はみ出しちゃえよ、とか、壊しちゃえよ、とか、そういったパワーというか考えがなかった。いや、そもそもそういった枠組みを考えること自体がはみ出してないよな。好きなことを、やりたいことを、世間とかそんなものをまったく考えることなく、やればいいんじゃない。

 と、訳のわからないことを考えながら、今日は海まで散歩した。
 そう、海と一緒に生きていきたいって思ってるんだよね。でも、それがどういうことなのか、まだわからない。
 でも、ぼくのこれからの人生になにより必要なのは、海らしい。目の前に広がる碧い海。だから、ぼくは海のあるこの町に引っ越してきて、そしていまなにかを求めて藻掻いているようだ。
 いや、まだなにか収まった文章だな、これじゃ。お粗末。

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