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2012年9月

2012.09.30

AdSense が、いきなり無効になった件

Ad0930

 今朝、いつものように毎日更新している Zushi Beach のサイトの AdSense を確認しようとしたら、画面が表示されない。ではないな、いつもとは違う画面が出てしまう。よくよく読むと、「アカウントの無効化」という文字が……。
 いったいどういうことなのか、よくわからないけど、どうやら不正の疑いがあるのでストップしたということらしい。
 いや、不正ってどういうことなんだろうねぇ。というか身に覚えがないんだよなぁ。
 だいたい金額だって、せいぜい iTunes カードが買えるくらいのものだし、不正っていわれても、さてどうしたらいいのかさっぱりである。
 画面を読むと、「不正なクリック行為により無効とされた場合は、無効になったアカウントに関するよくある質問をご覧ください」とあって、それを読んでいくととりあえず申し立てメールを送ることができるらしい。
 なんだか面倒だけど、しかし、このまま無効化されたままというのも癪に障るので、メールしてみることにした。

 画面に質問が書かれていて、それに従って書きこんでいくだけ。
 で、さっそく送っておいた。
 どういうことになるのか、よくわからないけど、というか、なぜ不正と判断したのかその理由教えてもらわんことには、なにがなんだかさっぱりなんだが、しかしそれについては触れず仕舞い。要するに、勝手に想像しろということんだろう。
 ふむ、どうしたんだろうねぇ?

 ともかく、メールの返信を待つしかないわけだ。
 どんな結果になるのやら。

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2012.09.29

ときには休日を

 まぁ、なにをいってるんだという声がどこからか聞こえてきそうだけど、ついついなにか仕事をしてしまう。それは土曜だろうが日曜だろうが、Mac の前に座ってしまうと、ちょこちょことキーボードを打ってしまうのが習慣になっている。
 これがさて効率がいいのかどうかというとちょっと疑問だったりする。
 一応、曜日に意味はないとは考えようとしているんだが、やはり土曜日は土曜日。
 ついつい気が緩むことがある。

 ならばいっそ、なにもしない日があってもいいだろう。
 中途半端が一番よくない。
 ということで、今日は休日ということで、朝、Zushi Beach の更新をした以外はメールのチェックをしただけ。
 午後は奥さんと鎌倉へ行き、あちこちぶらぶらと歩き回り、由比ヶ浜でちょっとのんびりして帰ってきた。

 今日はまるまる休日。
 明日は日曜日だけどちょっと集中してやりたいことがあるので、昼間海へ行くことがあっても午前中と夕方はガッツリ仕事します。
 そのために、今日はたっぷりと休んだんだからね。

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2012.09.28

なんとなく図書館に足が向いてしまうわけ

 もうそろそろ冷房も必要ないし、ほとんど避暑が目的で図書館に通っていたわけだが、どうやらこれが癖になってしまったようだ。
 いつもは昼食後、ちょっと休憩してからすぐに出かけていたんだが、今日は午後とある仕事を片付けたあと、やっぱり図書館に行きたくなって出かけてしまった。
 そこでなにをしているのかというと、この原稿を書いている。

 家でも書けるけど、ちょっと気分を変えたかったということはある。それと、違う雰囲気の中で集中したいということもある。
 以前ならこんなことは考えられなかったんだけどね。
 もう、ず〜っと原稿やドキュメントを書いてきたけど、基本は会社か自宅のデスクという決まった場所でしか書けなかったのだ。それが今年引っ越しをしてから、マクドナルドで仕事してみたり、こうして図書館に足繁く通うようになってしまった。
 個人的にはこれはいいことだと思っている。

  確かに、図書館にはなんだか別の空気が流れていて、ドキュメントを延々と打ち続けたりするのには打ってつけということもある。他の人たちも集中していて、その雰囲気に取り込まれてしまうといえばいいんだろうか。
 もちろんそれはいいことなんだけどね。
 だいたい図書館にいれば、休憩時間だからといってゲームをやるわけにもいかない。いや、やれないわけじゃないんだけど、なんとなくそういう気になれないんだよなぁ。確かに、ソリティアやっているおっさんもいるけど。

 あと、書架に本がぎっしりという環境もいい。
 こういう雰囲気は好きだ。
 ちょっと合間に、てきとうな本を手に取って読んでも時間を無駄にした気がしない。
 ということで、なんだか知らないけど午後になるとなんとなく図書館に足が向くようになっている今日この頃なのだ。

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2012.09.27

負けてといわれても、それがなかなか難しい

Mzl0927

 というわけでアプリのことを書いてみる。
 これはぼくの友だちが作ったアプリだ。彼とはボーステックという会社の仕事をしていた頃だから、もう知り合ってから 20 年以上になる。
 知り合った頃の話や、その後のあれこれを書いていくと止め処がないのでそれはまた別の機会にしよう。
 今回はアプリの紹介だからね。

 タイトルは「Ma-Ke-Te」。このアプリはとてもシンプルなゲームだ。
 じゃんけんゲームなんだが、勝つのではなく、わざと負けなければいけない。画面上に表示されるじゃんけんに「負ける手」を早押しで選んでいく。15 回負ければ OK。そのタイムが表示される。
 要するに、どれだけ早く 15 回じゃんけんに負けられるのかを競うゲームだ。
 お手つきなどのペナルティはない。ただひたすら押していくだけ。しかも「負ける手」を。
 追記 : これを読んだ作者から訂正の依頼がありました。お手つき一度につき、一回じゃんけんの回数が増えるんでした。ぼくの早とちり。お手つき一度してしまうと、16 回じゃんけんに負けなきゃいけなくなってしまう。ということで、間違えずに素早く「負ける」ということで、頭の体操にもなるわけだね。

 こうして書いてみると、なんだ簡単じゃないかと思える。
 いや、簡単そうだよね。でも実際にやってみるとわかるけど、じゃんけんで手を出された瞬間に頭には「勝つ手」がつい浮かんでしまう。
 このゲームをやっていると、習慣ってなんて恐ろしいんだろうと思い知らされる。いや、マジで。
 だから反射的に判断することができず、考えて「負ける手」を選ぶことになる。
 もちろんランダムに表示されるので、同じ手が続くことがある。そういうときでも、ちょっと油断するとつい「勝つ手」が頭に浮かぶ。もちろんこれだけでタイムロスに繋がってしまう。

 ということで、とてもシンプルだが気分転換なんかにはぴったりのゲームだ。
 ぜひダウンロードしてチャレンジしてみてほしい。
 価格も無料だし、サイズだって大きくないから手頃だしね。ちょっとした合間や、頭をほぐしたいときにぜひプレイしてみて。

■ Ma-Ke-Te
Ma-Ke-Te - ARI Tech Lab.

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2012.09.26

お茶を濁してばかりもいられないけど

 しかし、時間がないのも事実。もうちょっと時間があるとじっくりと書くこともできるんだが、10 分程度でなにか書こうというのは無理がある。
 友だちが作ったアプリを紹介するつもりだったんだが、それだとなおさらてきとうに書き飛ばすわけにはいかない。
 実は何日も前から書こう書こうと思っているんだが、腰を据えてなんて考えてしまうとついつい書くのが億劫になってしまうのだ。
 でもいつまでもこうやってお茶を濁してばかりもいられないでしょ。
 ということで、こういう場合は宣言してしまうと逃げ場がなくなる。追い詰めてしまえば、さすがのぼくもなんとかして書くだろうということだ。
 明日、友だちが作ったアプリの記事を書きます。はい。お楽しみに。

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2012.09.25

いま試しているところだから

 実は、アプリの紹介をしようと思っていたのだ。
 いたのだが、まだそれをきちんと使いこなしていない。使い方はわかっていて、しかもそれがなかなかいい感じで、ぼくにとっては必要なアプリなんだということはわかっている。
 けれど使い込んでいないとやはり堂々と紹介できない。
 このジレンマがわかるだろうか?

 それと、このアプリを紹介するためには、実は日々の過ごし方を変えたことも合わせて書く必要がある。
 いままで道に迷ったようなそんな感覚を抱いていたんだが、すこしだけ霧が晴れてきたような感じになっている。だから、どう変えたかも書きたい。書きたいんだが、果たしてそれが正解なのか、それもまだ堂々と書けない状態だ。

 いや、ぼくのやり方はきっと参考になると思う。
 思うんだが、もうちょっと実証実験じゃないけど、日々過ごしてその成果を実感したいのだ。
 ということで、ネタがないときに、どんなことを書くのかというと、こういう内容になったりする。
 ということで、今週の終わり頃か来週にはこのネタできっと blog の記事を書くことができるだろう。

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2012.09.23

lino の付箋にちょっと工夫を

Lino0901

 やりたいことを lino に付箋で貼りつけているという話はこの前書いた。
 頭の中であれこれ考えていても、やはり可視化しないと具体的な行動に繋がらないことが多い。それは意思が強いとか弱いといったこととは別で、どういう形で意識できるかということが鍵を握るということだ。
 人の頭はとても都合よくできているので、やりたいと思っていることでも、わざと忘れてしまうことができてしまう。こうなると、やりたかったはずのことをやれていないという、モヤモヤとしたフラストレーションがすこしずつ溜まっていくことになる。

 それを防ぐために、たとえば GTD 的なアプローチでいくと、頭の中にあるやりたいことをともかくすべて書き出してしまうということになる。
 でもこれやってみるとわかるけど、なかなか大変なのだ。慣れればそうでもないんだろうけど、書き出していく過程で、こんなこと書いていいかなみたいにちょっと躊躇してしまうことがあったりと、なにかと障害が発生する。不思議だよね、自分で自分にブレーキをかけてしまうわけだ。
 その原因はいくつかあるけど、人はそれまでに身につけてしまった常識というやつからなかなか逃れられないということがある。
 やりたいことが、自分の常識とは違うと、それを素直に書けなかったりするのだ。やっかいなものだ。

 ぼく自身も何度がすべて書き出すということにチャレンジしてみたけど、すべてはき出せたかどうかはとても疑問だし、それを習慣化することはできていない。だからこのところ、なんだかあれこれ悩んだり、フラストレーションのようなものが溜まっていたり、道に迷ったような感覚に陥っているのだ。
 でも、やりたいことを可視化するということは決して間違ったことではなく、やはりやっておくべきなのだ。
 それも、頻繁に。できたら毎日、というか、毎朝確認できるのが望ましい。

 でもただリストとして書き出すのはちょっとなぁ、ということで、このところぼくが実行しているのが、lino を使ってやりたいことを毎朝 10 個付箋にして貼りつけるということだ。
 もちろん「やりたいこと」を実行したら、以前にも書いたけど「やり終えたこと」のボードに移動させる。
 実行できなかったものはそのままそこに残しておく。で、次の日の朝、また 10 個貼りつけていく。
 いま、ともかくなんでもかんでもいいから頭が空っぽになるまで、ともかく blog を書いてみようと足掻いているのと同じ理屈。毎日 10 個書いていくうちに頭が空っぽになってくれるだろうと期待している。
 GTD 的なアプローチと結果としては同じになるはずだ。あくまでも、はず、だけどね。
 でも、なにもしないようりはもちろんなにかした方がいい。

 しかも、付箋で貼ってあると、ああ次はこれをやろうというモチベーションに繋がる。
 やりたいことを考えて、それを実行して、また、やりたいことを考える。このサイクルがオートマチックに回転していくことが大切なんだろうと思う。
 なによりも、実際にやりたいことがすこしずつではあるけど、毎日片付いていくのは気持ちがいいことは確かだ。

■ lino
Web 版はこちらから。

lino - Sticky and Photo Sharing for you - Infoteria Corporation

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中国のことをちょっと考えてみたい

 と思ったのは、この blog のエントリーを読んだから。
 確かに、中国では有史以来戦争が続いてきた。しかも、他民族がさまざまな形で入り交じり、国家を樹立し、邪魔者は排除してきたことは容易に想像できる。日本にいて、国をひっくり返すような戦いを経験したことがないぼくらとは、民族としての、じゃないな、その地に住む人としての常識が違うのも当然だ。

 親兄弟だけでなく親戚縁者、それもただ血が繋がっているというだけで有無をいわさず殺されることが歴史として続いてきたのであれば、なるほど考え方も変わるだろう。
 日本では、命を助けられた頼朝が平氏を打倒しているぐらいなんだから。

 しかも、文革以降の親兄弟をも含めた他者を監視する社会というのもいたたまれなくなるほど息苦しそうだ。
 そんな社会で生きているのであれば、まず人を信じろという方が無理なことなのかもしれない。
 なにせ、政府の批判を口にしたら、いつぶち込まれるのかわからないのだ。だから、たとえお題目がなんであれ、その鬱積したなにかをぶつける機会があったら、はじけてしまうのもやむを得ないのかもしれない。

 だからといって、中国の考え方や、いまのやり方が正しいとは思えない。むしろ糾弾したいぐらいだ。
 それでも相手のことをきちんと理解するのも必要なことなのかもしれないと、この blog を読んで考えさせられた。
 国の成り立ちとそこに根付いている国民的な特徴。それは国によってずいぶん違うはずだし、なにも中国だけでなく、ほかのさまざまな国にはその国の常識があるわけで、そういうことをきちんと認識する努力も必要なのかもしれないね。
 たとえ、それがどんなに好きな国でもあっても日本とは違う常識があるはずだ。
 それは国という単位だけではないと思うけど。

 しかし、監視し合う社会というのは、ぼくにはとうてい耐えることができそうにない。平和呆けといわれようがなんといわれようが、いまぼくの住むこの社会では想像すらできないことだもんなぁ。

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2012.09.21

ネタ切れにつき

 午後、ガシガシと画像処理の作業をやっていたこともあって、blog のネタを考える時間がなかった。
 実はこういう状況になってなんとか搾りだそうとするところがおもしろいんだが、抜け道がひとつだけあって、ネタがないというネタで書くことができてしまう。
 まぁ、ぶっちゃけそれが今日のエントリーということになる。

 で、どうしようかとまだ考えているんだが、なにも頭に浮かばないので、てきとうに書き飛ばしてみよう。

 まず、画像処理をといってもたいしたことではない。
 とあるサイトのリニューアルをすることになっていて、そのサイト用に写真を撮って、その画像を加工していたのだ。できたら集合写真をというのがクライアントのリクエストだったけど、アイテムのサイズがバラバラでまとまりよく撮ることができそうもなかったので、単体で撮ってあとでコラージュすることにした。

 撮影といっても点数が 7 点なのでさほど時間はかかっていない。
 じつはファッション関連の商品なので、こまかなところに気を遣う必要があるんだが、以前、ショッピングサイトの手伝いをしたときに膨大な量のファッションアイテムを撮影したことがあったので勘所がなんとなくわかっていて、ある程度要領よくできるようになっている。

 問題は撮影した画像の加工。
 簡単にいうと、アイテム自体をどうやって切り抜くのかということに頭を悩ませることになる。
 バックに色のついた紙を敷いて撮影していけばいいんだが、ファッションのアイテムだとカラフルなものが多いので、何色のもの使えばいいのかというとこで躓く。
 今回は、白地が一番無難だったので、押入の襖を外してそれをバックに敷くことにした。
 ウチの押入の襖は白一色で地紋があるんだが、デジカメで撮影すると地紋が潰れてきれいに映らないのでバックにはもってこいだったのである。とはいっても、どうしたらいいのか、じつは午前中あれこれ悩んだんだけどね。

 撮影が終わると画像の確認をして、再撮影が必要なものはすぐに撮りなおしておく。
 今回、ワンピースが素材としてあったんだが、これが色飛びしてしまって、元の色がきちんと出ていなかったので、撮りなおしをした。
 作業が終わってからだと面倒だから、この時点でやっておく方がいい。

 で、使用したい画像をピックアップすると、それぞれ色の調整などをして、Jpeg ファイルで吐き出す。
 この作業をぼくは iPhoto でやることにしている。
 そのファイルをプレビューで確認して、必要なサイズギリギリにカットする。
 トリミングを iPhoto でやってもいいんだろうが、画像のカットはじつはプレビューの方が楽ちんなのだ。

 さて、画像の加工ということになると Photoshop の出番なんだろうが、ぼくはこの作業を特別なことがないかぎり Keynote でやってしまう。
 リニューアルデザインのデータは Keynote で作っている。だから、実際に使用する画像などもこのファイルに保存しておくと、あとで画像を探したり、ちょっと手直しをしたりというときに便利なのだ。
 今回は 7 点 の写真をコラージュするということで、まず一番サイズの大きいワンピースの写真を貼りつけて、アルファを操作していらない部分を透過させる。この作業がとても簡単なので助かる。というか、笑ってしまぐらい簡単なんだよね。
 プレビューでもできるけど、コラージュをするということになると、仕上げるために使用するアプリで透過した方が効率がいい。
 順番に画像を貼りつけて透過させ、サイズを調整して並べていく。
 で、あっさりと作業が終わってしまった。
 ほんとうは Photoshop であれこれ苦闘しなきゃいけないかもと思っていたけど、透過させるのが実に簡単だったので杞憂に終わった。

 ということで、画像処理の話だったんだが、ネタ切れの埋め草としてはおもしろくないなぁ。でもここまで書いちゃったから、今日はこのままでアップしてしまおう。
 このリニューアルの話は仕事が終わったら、改めてちゃんと報告することにしよう。

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2012.09.20

迷子になってしまったのか?

 なんだかよくわからないけど、道を迷っているしまっているような気がしてならない。
 しかも、コンパスは壊れてしまい、地図はあまりにも古くて役に立たない。そんな状況に追い込まれているような、そんな気がしてならない。
 なにがあったんだろう?
 というか、なにが足りないのか、といった方がいいんだろうか。それとも単なる気の迷いなのか。

 それでも深呼吸をしても、目いっぱい息が吸えないような、そんな不自然さに囚われている。
 なんだろう、縮こまってしまっているんだろうか? それともなにかを恐れているんだろうか?

 ついさっきまで見えていたはずの道がいまはどこにもない。
 ぼくは、どこへ向かって歩いているんだろう?

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2012.09.19

ちょっと未来を覗いてみるのもいいかも

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 大学の頃、SF に填っていて、それが昂じて SF 倶楽部というサークルを作り、大学出たのはいいけど、その頃の仲間とつるんでいたかったから、同人誌まで作ったという過去がある。
 ずいぶん本を読んだが、たぶん 2/3 は SF 本だった。あとの 1/3 は漫画だったりして。がはははh。

 同人誌の頃なんだが、SF 小説のネタなんかを考えていて、その中で、実はとてもコンパクトなパソコンを使うシーンがあって、ない頭をさんざんに捻って考えた未来のパソコンが、名刺入れサイズの 5m/m 厚の本体と、その本体をパカッと開くとホログラムのキーボードが表示されるというものだった。
 まぁ、ホログラムでキーボードが表示されるというのは、たぶんに Star Wars の影響を受けている。

 で、そんなことを考えていたなんてすっかり忘れていたのに、こんな商品が開発されて、実はとても驚いたのだ。
 もろちん、その当時考えていたネタなんて誰も知らないし、いまになってなにいってんだと言われたら返す言葉もないけど、マジでその昔考えていたものと似たようなものが、こうやって実用化されるなんてびっくりである。

 と同時に、もしかして未来を想うってことは、それはそれでおもしろいことかもしれんなぁ、ということを実感したのであった。
 ぼくがなにを想像しようがそれが現実社会に影響があるとは思っていないけど、でも個人的にはなんだか意味があることのように感じる。
 ということで、これからたまにはきちんと夢想してみようかと思う。

 夢想しただけでは駄目で、できるかぎりそれをスケッチしたものか、参考になるグラフィックなんかも添えられるとなおいいよね。ってどこまでできるかよくわからないけど。
 まぁ、しばらくは「未来にある普通のものを」をちょっと意識して夢想してみようかと思っている。
 夢想したらもちろん blog に書いてしまう。
 いや、ほら、もうなんだってかんだって Output することに決めた、お目汚し期間だからさ。

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2012.09.18

iPhone5 についてちょっとひと言

 iPhone5 が発表されたのは先週のこと。
 一部では、サプライズかなかったとか、iPhone は Andorid に勝てないんじゃないかみたいな記事が散見された。
 まぁ、どういう観点からそういう記事を書いたのか想像することはできる。
 人がなにか目新しいことをしたり、あるいは考えたりしたことについてしか、記事が書けないということなんだろう。あくまでも表面的な新機能だったり、いままでとはまったく違うデザインになったりすることを期待していたに違いない。

 もしかすると iPhone の本質をわかっていない、あるいは、iOS や Apple が目指していることがわかっていないんじゃないかと思わざるを得ない。お財布機能がなきゃ駄目だ、みたいな記事もあったが、そんなものがどうして iPhone に必要なのか、ぼくにはよくわからない。
 ひょっとして洗濯機を動かすことができればよかったのかな?

 iPhone の進化は、実際に触れてみて、そして使ってみることで、よりはっきりと体感できるはずだ。
 むしろ、毎日使うことでしかわからないこともあるかもしれない。
 イノベーションとは未来にある普通のものを作ることだと理解していて、それを実践している Apple だから。
 だからサプライズに関係なく、ぼくは iPhone5 にするよ。
 ただ、発売日に手に入れようとは思わないけどね。

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2012.09.17

ときには海を眺めながらランチを - トーストサンド井筒亭風

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 実は、この三連休、午前中に雨が降った。しかも、用件を片付けてそろそろ海へでも行こうかと準備をはじめようとすると降り出すのだ。
 今日もそう。さっきまで綺麗な青空が広がっていたはずなのに、ちょっと目を離した隙に雲が空を覆い尽くして、気がついたら雨が降っている。ということで、そろそろ泳ぐのもお終いだろうということで泳ぎ納めをするつもりだったのにできていない。

 まぁ、泳ぐのはどっちでもいいけど三連休だったのだから一日ぐらいは海を眺めてのんびりしたいじゃないか。といって、ぼく場合はたかだか二時間ほどしかいないわけだから、余計に今日ぐらいはなんとかしようということで、昼に出かけた。
 いつもは、午前中に出かけて昼過ぎには帰るようにしている。帰宅してから、昼を食べるのがこのところの定番となっていた。
 けれど、今日は出かけるのが昼直前。いくら二時間ほどといってもやはりお腹が空いてしまう。

 ということでも今日はトーストサンド井筒亭風というやつを作って出かけた。実はその昔、日記を公開していた頃、生麺を使ったラーメンのレシピを紹介したところ「みそラーメン・井筒亭スペシャル」という命名をしてもらったことがあるので、こう名付けてみた。
 井筒亭ってのは、「井筒亭日記」というタイトルで日記を書いていたからだ。

 この写真は以前に作ったものだが、作り方は簡単。
 トーストを焼いて、そこにスライスチーズを乗せ、そのうえにハムを乗せる。調味料は好みでいいんだが、ぼくはどちらかというとマヨラーの気があるので、マヨネーズたっぷりということになる。
 ボリュームを重視したい場合は、ここにトーストを乗せる。そこまでボリュームが必要なければレタスだ。
 その上に目玉焼きを乗せる。ここが、井筒亭風なのね。しかも、半熟の目玉焼き。カットすると、中味が少しだけ垂れる程度の半熟がよろしい。
 で、そのうえにトーストを乗せて完成。
 実にシンプル。ときには、ハムの代わりにコンビーフを挟むことがある。これはこれで美味なので試してほしい。

 完成したトーストサンドを十字にカットして、ラップで包み、それごとジップロックに入れて、ぼくは海へ出かける。
 砂浜に椅子を広げ、そこに座って、寄せる波を眺めながら食べるランチはまた格別だ。景色が美味しさをたっぷりと加えてくれる。
 ということで、しばし海で惚けたのでありました。

 あっ、昨日の続きは、また今度。なんだか今日は海のことを書きたかったので。

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2012.09.16

ちょっと左に

 あまり政治ネタは書かないんだが、というのも、ちゃんと書こうとすると自分の立場もはっきりさせなきゃいけないだろうし、情勢はもちろんだが、歴史的な流れみたいなこともちゃんと理解しておかなければいけない。
 書くなら書くでそれなりに時間を使う必要も出てくるし、なによりそういうことがめんどうだ。
 でも、まぁいまはお目汚し期間でもあるので、そういうきちんとしたことはあまり気にせずに書きたいことをつらつらと書いてみる。

 基本的にぼくらの年代の人たちってのは、日教組的左よりの先生の感化なんかを受けている可能性が大きい。ぼくもそうだ。個人的に加えさせてもらうと、これに朝日新聞的な左傾向がプラスされている。
 だから、まず体制に反対することが正しいアプローチということになる。いや、あくまでぼくのことだ。
 55 年体制の自民党は悪だし、ついでに言わせてもらうと、この 55 年体制自体が打倒すべき体制であったといってもいい。とはいえ、別段政治を目指しているわけでもないし、子どもの頃から、素直に日の丸を掲げることができなかったり、あるいは君が代斉唱のときには着席したまま口を開くことすらしなかったわけだが、だからといって、ゲバ棒を振るうつもりがあったわけでもないし、実際にゲバ棒を振るうことはなかった。

 生徒会的なことでいうと、高校の時に何人かの友だちと計画的に生徒総会を乗っ取ったことがある。
 といっても、過激なことをしたわけではない。
 高校の生徒総会といっても、だいたい学校主導で行われる行事ごとになっていて、体育館に全校生徒が集められ、ひな壇の上にいる生徒会の役員が質疑応答に答えるといったどこまでも形式的なものだった。
 でも、生徒総会なんだから、もっとちゃんとした質疑をしようぜ、ということで、友だちと画策して、マイクの位置を考え、質問を予め用意をして、担当を決めて、順番に質問をしていった。
 どうやら、というか、生徒から身近な問題について質問されるとは、生徒会役員も、あるいは先生たちも、それに出席させられていた生徒全員もまったく想像していなかったようで、なかなかおもしろいことになった。

 質問はほんとうに他愛のないものが発端だったんだけど、ぼくらが順番に質問していくと、ぼくらとは関係ない生徒が質問をはじめ、中にはちょっと過激な質問が出たりして、先生がひな壇に上り生徒会役員となにやら相談したりということになっていった。生徒総会に先生が加わるという、本来の主旨から外れてしまうことだ。
 ましてや先生が口出しなんかしたら、おかしなことになってしまうんだが、ここでなぜかわからないけど、会場のあちこちから「先生出て行け」のコールがはじまり、マイクを独占して大きな声でコールする奴がでてきたりと、ちょっとした騒動に発展した。
 まぁ、ぼくらとしては、もともと騒動を起こす腹づもりだったので、この展開には正直驚いたけど、ちょっぴり誇らしかった。

 単なる反抗期のちょっとしたいたずらに過ぎないんだが、そんなことがあったおかげで、以降ぼくは生活指導の先生にはきっちりと名前を覚えられるだけでなく、関係ないのに廊下で呼び止められたり、生徒会長とすれ違うとなぜかきちんと挨拶されたりと、まことに居心地の悪いことになってはしまった。

 高校のときにこういう経験をしたおかげで、大学に入ったときには、いわゆるその手の活動にさっぱり興味が湧かず、ごくごく普通の軟派な大学生でいることができたのかもしれない。

 うん? 話がずいぶん逸れたな。
 まぁ、とりあえずそういう時期を過ごしたおかげで、左よりの傾向はそのままさらに左にそれることなく、なんとなくいまに至っている。
 ポジションとしてはどうなんだろうねぇ。微妙だな。いまでも日の丸を掲げることには若干違和感があるし、君が代も歌えない。けど、それが正しいことだとは思っていない。その程度の左だろうか。
 朝日新聞的な自虐的な左の傾向は消えたと思う。
 それは、いままで見聞きしたことや、歴史の流れを見て、まず自分で判断するということができつつあるからだと思う。しかし、なんだ幼少の頃に叩き込まれた感覚、日の丸や君が代についてなんだが、これがここまで抜けないというのもすごいことだよね。

 ということで、簡単にぼくの傾向を書いてみた。
 で、いよいよいまの政治の話になるわけだが、それはまた明日ということにしよう。ちょっと長くなってしまった。

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2012.09.15

ずっと、いい子でした

 自分でいうのもなんだが、ぼくは「いい子」だった。
 親や先生の言うことをきちんと聞く子だった。というか、それがあたりまえだと思っていたし、ごく普通のことなんだと疑問を抱くこともなかった。だからということもあるのかもしれないけど、先生からもいい子という扱いを受けてきた。
 中には「おまえだけ贔屓されて」みたいなことを言ってくる子がいたが、別段、贔屓されるためになにかをやってきたわけではないので、なにを言われても聞く耳を持たなかった。
 賄賂でも渡してれば別だけど、小学生が、しかもそこまで深く物事を画策する意思のないいい子が贔屓されるためになにか小細工をするわけもない。

 だから、小学校の頃から先生とはまあまあの関係を保ってきた。
 ひとりだけ、夜中までかけて一生懸命にやった家庭科の宿題を、親にやってもらったでしょと決めつけた先生がいた。勅使河原という名の女性の先生はなんの根拠もなく、ひと目見ただけで頭ごなしに決めつけた。マジで、自分だけで仕上げた刺繍の宿題だったのに。こういうのって結構ショックだよね、だから名前も、眼鏡をかけたその顔もいまでも覚えている。
 だいたい、いい子だから、親に手伝ってもらうという頭がないのだ。それをしてもらった宿題ではない。

 だからということではないんだが、与えられた課題をこなすということについては、まったく問題なくやってきた。
 ただ、このいい子の弱点は、自らなにか問題を考えるという習慣がなかったことだ。
 いい子だから、言われたことだけをやる。というか、言われたことしかやれなかったということなんだろうなぁ。
 いつも与えられた範囲の中でだけ答えを見つけてきた。
 大学までそれはそのまま。出された問題は解く。ちゃんと解ける。でも、自分でなにが問題なのかを考えることをしてこなかった。
 学校の課題ならされでいい。でも、世の中にはそもそも答えのない問題がいっぱいだし、問題を与えられることはむしろ稀で、みずから問題を考えることの方が大切だ。

 でも、いい子にはそれができなかった。
 もっともっと破壊的なことをしてもよかったんだよな、といまになって思う。
 端から見たらぼくの人生はそれなりに無茶苦茶に見えるところもあるだろうけど、ぼく的にいえばどう考えても常識の範囲内、あるいは多くの常識の枠の中で、しかも逸脱することなく、そこで誰でもできるようなことしかやってこなかった。そんな気がする。

「ずっと純粋に不純なことをやり続けてきた」といったのは篠山紀信だったか。
 ぼくには、いい子だから不純なことができていなかったような気がする。
 なんだろう、はみ出しちゃえよ、とか、壊しちゃえよ、とか、そういったパワーというか考えがなかった。いや、そもそもそういった枠組みを考えること自体がはみ出してないよな。好きなことを、やりたいことを、世間とかそんなものをまったく考えることなく、やればいいんじゃない。

 と、訳のわからないことを考えながら、今日は海まで散歩した。
 そう、海と一緒に生きていきたいって思ってるんだよね。でも、それがどういうことなのか、まだわからない。
 でも、ぼくのこれからの人生になにより必要なのは、海らしい。目の前に広がる碧い海。だから、ぼくは海のあるこの町に引っ越してきて、そしていまなにかを求めて藻掻いているようだ。
 いや、まだなにか収まった文章だな、これじゃ。お粗末。

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2012.09.14

お見苦しいものを

 じつは Output のことを考えている。
「Action と Output を意識していくことにする」とこの blog にも書いたんだが、その Output だ。
 意識的に増やしていこうと思い、メールマガジンなんかもはじめているんだが、なにかまだ足りない気がする。

 文章を書くということでいえば、この blog もそうだし、ほぼ毎日ローカルに保存している日記を書いているし、企画書だったり、営業用のメールだったり、チラシだとか仕様関連のドキュメントだったり、それなりのものを書いてはいる。
 書いてはいるんだが、これがぼくが考えている「Output」かというか、なにか違う気がするのだ。
 ということで、このところなにか心の奥底ではふつふつと湧いているものがあっても、それを書くということができずにいるようで、なにか落ち着かないのだ。物足りないということではなくて、これだというものが喉まで出かかっているけど、それを言葉にして言うことも表すこともできていないといえばいいだろうか?

 でいろいろと考えてはみた。
 でもどうしたらいいのか、なにをはじめたらいいのか答えが見つからない。
 こういうときにどうすればいいのか、ふたつの方法がある。答えが見つかるまでじっと待つというやり方と、とりあえずなんでもいいからはじめてしまうという方法だ。
 ということで、しばらくはこの blog に、後先のことなどあまり考えずともかくどんなことでもいいから書き尽くせるまで書いてみようかと思っている。
 できることなら自動書記のようなイメージで、頭に浮かんだことを羅列していくように、もう手当たり次第に書いていく。これ以上、吐き出すものがないというところまで書いて、でもそこで止めずにさらになにかを引き摺り出すまで、自分でも思ってもみなかったようなことを書いてしまうまで、やってみようかと思う。

 もしかすると、とてもお見苦しいものを読ませてしまうかもしれない。が、ご容赦願いたい。
 自分自身の Voice というものをきちん確認して、さらに Output することでワクワクできることはなんなのかを見つけたいと思っている。どんなことになってしまうのか自分でも想像がつかないのでなんともいえないけど、自分自身のはらわたまでさらけ出すような、なんだかとっても凄いことになりそうな気はしている。
 ということで、明日からよろしく。

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2012.09.13

もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら

もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら (幽ブックス)  今年の 10 冊目。工藤 美代子「もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら」読了。
 実は新刊当時、買おうと思っていたのだが、いつの間にか意識の外へとおいられてしまった一冊だ。そんなに深い意味があるわけじゃない。けれど、なぜいまのタイミングで読了したのか、もしかすると真剣に考えるとそれなりにおもしろいかもしれない。
 それはまた別の機会に譲ろう。

 偶然、図書館で見つけたのが確か、今年の夏前だったと思う。
なんとなくキーボードがただ叩きたくなったら図書館がひとつのパターンにはなっている。
 逗子市の図書館にはパソコン専用の席というやつがあって、パソコンや電卓などを使用する人はその席を利用することになっている。ただ、席数には限りがあって、全部で 15 席しかない。これがときおり埋まってしまうと、空くまで時間を潰す必要が出てくる。
 今日も図書館に来たのはいいが、生憎席が埋まっていた。しばらく本でも読んでと思って手に取ったのが、この本。だから、この本は図書館のものだ。図書館の本をこうやって読了後の感想を書くのは、はじめてのことだ。

 それはさておき、ぼくの勉強不足から工藤美代子にどんな著作があるのかよく知らなかった。
 エピソードのひとつに父親のことなどが出てきて、ああ、ベースボールマガジン社の創立者なんだということは想像がついたが、それじゃ工藤美代子はどういう人物なのかということはよく知らない。Wiki で調べてみたら、かなりの著作があることがわかってちょっとびっくり。それとともに、自分の勉強不足にも軽く失望したりして。ふむ。

 これは「幽」に連載された話に書き下ろしを加えて一冊にしたものだ。
 嘘は書かない、盗作はしないが信条のノンフィクション作家ということもあり、実際に体験したことをきちんと綴っている。本人は霊感はないと述べているが、それにしてはずいぶん体験しているんじゃないかと思うほどエピソードがいっぱいだ。
 冷静な筆運びのおかげで、しかしそれらの話が嘘偽りなく現実に起こったことなのだということをすんなりと理解させてくれる。

 こういう話には往々にして尾鰭がつきやすいんだが、ここにはそれがない。
 実際の体験にはオチがないので、というか、たぶん体験したことのある人なら、そういう現象に遭遇したときに、これは変だとは思わず、現実の中で起こっていることをそのまま受け止めて、あとで振り返って、よく考えてみたらそれはあり得ないとわかることがほとんどだと知っているだろう。だから実体験には起承転結もないことの方が多い。
 ストーリー仕立てにしてしまえばまた別なんだが、これはノンフィクションだし、おまけに淡々と書かれているので、リアルな話を楽しむことができる。いや、この手の話は楽しむべきことじゃないかもしれないけど。

 この世の中の事象をすべて説明できるほどぼくたちの科学は万能ではないということをわかっている人には、興味深い一冊だと思う。

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愚痴りたいわけじゃないけど

 先月の中頃から準備をして、クライアントのスタッフともきちんと打合せをすませて、今月の頭に着手する予定の仕事があった。
 いや、もうあとはスタートするだけ。
 だったのだが、着手日になったのに、クライアントの社長がウダウダといいはじめた。
 いや、そのいっている内容がどうということではない。こっちにも言い分はあるし、そもそもクライアントの要望を形にしてプレゼンして、それではじめようということになったわけだから。
 なぜ、着手日になっていいはじめたのか、ということだ。
 しかも、はじめからわかっていることをウダウダと。

 ということで、一悶着あったのだが、仕事が流れてしまった。
 それなりにヘビーな内容の仕事だったので、頭がその仕事のことでいっぱいになっていて、それをいまさらキャンセルされたから、それじゃ切り替えようといっても、そう簡単にはいかない。
 だいたいこの仕事のためにほぼ二ヶ月充てるつもりでいたので、その穴をどうやって埋めたらいいのか、さっぱりわからない。

 というようなことがあって、ちょっと空白期間ができてしまった。
 とはいえ、あまりいいことではない。時間も空いちゃったけど、予定していた収入もなくなっちゃったわけで、なんとかしなくては。
 まぁ、愚痴なんか言っている場合ではないということだ。代わりの仕事を見つけなきゃ。
 ということで、お仕事絶賛大募集中だったりする。
 デジタルでできることならどんなことでも引き受けるので、よろしく。

 しかし、なぜにこういうクライアントと付き合っちゃったかなぁ。って、やっぱり愚痴りたくなってしまう。ふむ。

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2012.09.12

ワールドカップ・アジア最終予選 vs イラク

 前回の試合が 6 月だったから、ほぼ三ヶ月ぶりの代表の公式戦ということになる。
 この間に、男女の五輪と女子の U20 ワールドカップがあったので、テレビ観戦がほとんどのぼくからすると、とても久しぶりの代表戦のような気がする。間にキリンチャレンジカップなんかがあって代表の試合がなかったわけじゃないけど、真剣度という意味では公式戦に勝るものはないわけで、そういう意味でも久しぶりの代表戦だ。

 対戦相手がイラク、しかもその監督がジーコということもあってマスコミなんかはいろいろと煽ってはくれたが、実力的にはごくごくあたりまえに考えれば日本の方が上だ。しかも、監督の手腕ということでいえばドイツワールドカップの戦いで、ぼくらはその采配、というか、指揮官としてのやり方を知っているので、そこまで警戒をする必要はないだろうと思っていた。

 コンペティティブなディフェンスの構築をどうするのか、といったテクニカルなことを指導したりするのではなく、選手個々の能力を見て最適なポジションにつけて戦わせるというタイプの監督だ。
 しかし、予想メンバーとはまったく違うメンバーを先発させた、らしい。って、ぼくはそこまでイラクの選手についてよくわかっていないので、だからどうなのか考えることができない。

 あとは遠藤と長谷部のダブルボランチと、トップ下の本田にマンマークをぴたりとつけて、自由なボール回しを中盤でさせないようにする、という戦い方をチョイスしたわけだが、なるほどそこまで日本のことは警戒しているんだなとは思った。が、しかしジーコ監督ができるのはそこまでだろう。
 このあたりのチーム作りの方法論については好みもあるし、それぞれの国の事情もあるのでなんともいえない。
 でも個人的にはザッケローニ監督の方が日本代表の監督としてはふさわしいタイプだと、ぼくは考えているし、その点で支持している。

 試合は若いメンバーで構成してきたイラクが、後半バテてもいいからともかく行けるだけいってしまえ、みたいな勢いで日本代表のゴールを脅かそうとしたが、それでも前半も中盤を迎える頃には日本がサイドからの攻撃でリズムを作り、ペースは日本代表に傾いていく。
 前半の 25 分に、スローインのボールをディフェンスの背後を抜け出した岡崎がワンタッチで上げたクロスを、GK の真ん前で前田がヘットで決めてくれた。

 このあと、惜しいチャンスがいくつもあったが結果としてはこの 1 点で勝利した。
 たかが 1 点だけど、イラクにとってはゴールまでが遠く、重い 1 点だったはずだ。
 それでもイラクは後半メンバーを入れ替え、ロングボールでゴール前に迫ろうとしてはみせたが、日本のディフェンスが崩れることもなく防いでみせた。

 得点シーンがもっと見たかったというのは正直な感想だが、しかし公式戦は結果がまず第一。そういう意味では、いい試合だったということになるだろう。終了間際まで危なげない試合運びをしてくれたし。
 全体を通して考えてみると日本のサッカーも成長したのかと思える。なんていうんだろう、1 点差なんだが、それをわきまえた上で試合を進めていくことができるという経験の積み重ねといえばいいだろうか。
 ともかく、このまま勝ち点を積み上げて早くワールドカップ出場を決めてほしい。
 そうすれば、さらにチームを熟成させていく時間を手にすることができるからね。

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2012.09.06

ちょっと近況を

 ここ二三日、とても個人的なことでバタバタしていて、落ち着いてなにかをするということができずにいる。
 個人的なこと自体のせいで時間を取られたりということもあるのだが、むしろ精神的に落ち着いてなにかをすることができないということの方が理由としては大きい。
 それでもいつまでもこんな状態でいるわけにもいかないし、いろいろとやりたいこともあるので、そろそろ平常を取り戻そうとしている。
 今週末ぐらいからは、blog を書いたりすることもできるようになるだろう。
 ということで、更新がちょっと滞っている言い訳などしてみた。

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2012.09.01

lino で付箋貼ってみた

Lino0901

 やりたいことの整理がつかずちょっとドタバタした話は、この前書いた。実はその際、緊急避難的にまず「やりたいこと」を紙に書いてみたのだ。いろんなツールを使った GTD とか、タスク管理なんかに比べるとはるかに原始的だ。
 それでも書き出すことで落ち着いたのは確か。なんとか乗り切ることができた。

 「やりたいこと」をリスト化するとか、管理ツールに書きこむとか以前に、頭の中でもやもやさせるぐらいなら、まず目に見えるようにしてしまえばいい、ということを実感したわけだ。
 その日に限定したりあるいはその週だとか、スケジュールに絡めて管理するというのはどうも性に合わないけど、それでも、頭の中だけでなんとかするということはできないわけだから、ツールがどうのということはともかく可視化してしまうということにポイントを置いてみることにした。

 ということで、lino だ。
 付箋を貼っていくサービス。Web 版もあるし、もちろん iOS 用のアプリもある。
 以前から lino はなんとなく使ってはいたけど、このボードに「やりたいこと」を貼っていったことはなかった。
 試しに「やりたいこと」と「やり終えたこと」のふたつのボードを作って、まず「やりたいこと」に頭に浮かんだことはどんどん付箋に書いて貼っていき、やり終えると「やり終えたこと」のボードに移動させるようにしてみた。

 まだ、やりはじめてそんなに時間は経っていないけど、そこまでガチガチに管理している風もなく、てきとうにゆるいけど、でも頭の中だけでやっているよりははるかにマシな感じはしている。
 しばらくはこれでやってみようと思う。

 もちろん日々のルーティン化できるタスクについては、いままで通り Toodledo で管理している。こっちはいい感じですっかり習慣化できているので、メインの仕事に関するタスクの管理がうまくいけば、この前みたいに心がざわついてなにも手につかないなんてことにはならないだろう、と期待したい。ふむ。

■ lino
Web 版はこちらから。

lino - Sticky and Photo Sharing for you - Infoteria Corporation

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