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2011.10.28

ドラフトについてちょっと考えてみた

 とかいって、根っからの野球ファンではない。そのことはあらかじめお断りしておく。
 以前は野球ファンだった。
「野球は宗教だ」と戦後の日本におけるその存在感を看過したのは阿久悠であったか。「プレイボール」だか「キャプテン」だかのあとがきで呼んだ記憶がある。そう、昔の漫画の単行本は、その巻末に著名人の推薦文なんかが載っていたのだ。
 話がそれてしまった。

 もちろんぼくが小学生の頃はまだ野球だった。それはぼくらにしてみれば宗教とまではいなかけど、共通語のような存在ではあった。
 巨人、大鵬、卵焼きの時代だ。
 ご多分に漏れず、というか、これは胎内にいた頃からなんだが巨人ファンであった。DNA のなせる技と理解してもらいたい。

 それがいつしかファンという立場を離れてしまい、もはやよほどのことがない限り Web でシーズンの順位を確認することもなくなってしまった。大リーグの中継はそれとなく見る癖に、プロ野球の中継をテレビでやっていようものなら即刻チャンネルを変えてしまうほどに変貌してしまった。
 その理由はやはりプロ野球がつまらないということに尽きるだろう。でも、これで尽きてしまっては話が進まないので、もうちょっと細かく分解してみる。

 ひとつは球場の雰囲気だ。
 ピッチャーが投じる瞬間をじっと凝視し、バッターが打った瞬間思わず声を挙げる。
 これが大リーグだ。
 日本だとこうはいかない。
 のべつ幕なしにドンチャンドンチャン応援歌だかなんだかしらないけど管楽器がメロディーをがなり立て、声を揃えてシュプレヒコールだかを叫ぶ。
 うるさいことこの上ない。
 野球の醍醐味のひとつはピッチャーとバッターの真剣勝負にあると思っているのだが、それを静かに見つめることができない。
 だから、チャンネルを変えることになる。

 つぎにこれはと思うのがプロ野球機構の組織としてのでたらめさだ。
 この組織はいったい誰のために存在してるのか、まったく理解できない。いや、違うな。答えは簡単だ。球団オーナーのために存在している。でも、それは存在意義からして間違っていないか?
 その間違いを正そうという提案を耳にしたこともない。
 塀の中のホリエモンがオーナーのひとりになっていればもしかしたら、ちょっとは変わったのかもしれないけど、楽天が加わってなにかが変わったのかというと、まったく変わったそぶりすらない。たぶんモバゲーが加わったとしても、同じだろう。
 プロ野球は、そのファンの方を、組織自体が向いていないのだ。
 だからつまらないのはあたりまえ。

 まぁ、いまさら改革案を述べたところで自己満足にもならないので、ドラフトについて文句をたれておこう。
 昨日のドラフトで東海大の菅野が一位指名された。
 彼は原監督の甥だ。
 原監督については、個人的にとてもいい印象を持っているので、どうしてもこの手の情報についてはついつい贔屓してしまいたくなる。
 今回のドラフトでは、巨人が単独指名するだろうという予想が半ば事実同然のような形で流れていた。
 ところが日本ハムも指名し、抽選の結果、交渉権を獲得した。
 これはちょっとびっくりしたし、おいおい、なんだって、とも思った。このあたり原監督に対する贔屓が影響している。

 けれどドラフトという制度を考えると、間違ったことをしたわけではない。
 おいおいとぼくも思ってしまったこの感覚は「空気読めよ」的な反応でしかない。制度ということでいえば、誰を指名しようがそれはその球団の勝手であって、そこに感情的な縛りなど存在しない。
 指名した後、複数球団からの指名があればくじで交渉権が確定するのはルールだ。

 でも、ドラフトの本来的な意味から考えると、このくじもおかしい。
 ドラフトってなんのためにあるのか?
 それは球団間の戦力を均衡させましょう、というお題目にある。
 だから、アメリカでドラフトというとウェーバー方式になる。これはさまざまなスポーツで採用されている考え方だ。
 その年、成績の悪かった順に指名権がある。
 弱いチームがいい選手を獲得して、戦力をなるべく均衡にして、拮抗した戦いをファンに楽しんでもらう、というのが、ドラフトの本来の姿だ。
 もちろんアメリカだから、ドラフトの権利を選手と交換したり、今回はじめて知ったけど、レッドソックスなんか GM と選手を交換しているんだが、与えられた権利の行使に幅広い選択肢を与えている。
 ルールとしてはとても理屈に合った形になっている、とぼくには思える。
 一位の指名権をあげるから、エースピッチャーをひとりくれというのは、交渉としてはまっとうだ。その年の成績がどうであろうが、くじで決めるよりはよほど筋が通っている。

 でも、プロ野球は違う。
 チームのオーナー、というか、まぁ有り体にいえばナベツネということになるんだろうが、彼の言動の重さがファン何百万人の重さをも上回っている。
 ドラフトをやるなら、完全ウェーバー方式でなければ意味はない。
 もちろん、FA 取得の期間はとても短くするべきだろう。それは選手の権利を守るためだ。
 そういった議論がされてはじめてプロ野球も、スポーツとしてのおもしろさを考えていくことになると思うんだが、まぁ、しかし、ことプロ野球に関しては、そういった前向きな、というか、これはあくまでもぼま個人的な意味合いでというしかないけどね、話が進むとは思えないなぁ。

 なんでも、モバゲーの球団買収が暗唱に乗り上げているようだ。
「モバゲー」というネーミングに問題があるということらしい。もっともあくまでも報道によると、ということでその真意はわからないけど、だったら、球団名やその呼称に企業名、および企業をイメージさせる名前をつけてはいけないというルールを設けるべきだ。
 ナベツネの顔色で決まるのは解せない。
 もっともだれも、というのは、プロ野球関係者なんかの口からそういういったことが公然と発言されることはないだろう。関係者の中には報道とか解説者といった人たちも入っているんだが、もっともっときちんと発言すればいいのにねぇ。

 いや、しかし横浜モバゲー・ベイスターズって、チーム名にしたいと考えている方たちのセンスにも賛同しかねるけど。
 
 それで、菅野はどうするんだろう。このまま交渉しないという選択もあるみたいだけど。

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