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2011年8月

2011.08.31

雲の影

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2011.08.30

ビジネスで大切なことはすべて Google が教えてくれる

 今年の 6 冊目。アロン・ゴールドマン、千葉 敏生訳「ビジネスで大切なことはすべてGoogleが教えてくれる」読了。
 実は読みはじめたのが今年の二月。ず〜っと本棚に入ったままになっていて、ついこの間、そういえばまだ読みかけだったことに気がついて読書を再開。今日読み終えた。こんなことは、ぼくとしては滅多にないことなんだけどね。

 この本は Google について、その特徴を 20 の項目に分けて解説している一冊だ。著者は、広告の仲介からはじめて、Google の有数のクライアントになった人物。詳細は、本の冒頭に書かれているのでそれを読んで欲しい。
 ともかくビジネスを通じて Google をつぶさに観察してきたということはいえる。
 ひとつひとつの項目はそのどれもがとても理にかなっていて、なるほどと感じ入る内容ばかり。ただ、この本を読みながらどうしても気になったのが Apple との違いだ。
 差ではなく、違い。
 Apple がアーティスティックだとすると Google はエンジニア的なのだ。
 Apple であれば、自らの感覚をルールにするだろうが、Google はテストを繰り返す。そしてフィードバックをまたテストする。
 ジョブズなら絶対にやらないだろう。
 ロゴを決めるために、さまざまな組み合わせをテストしたり、ツールバーに使う色を決めるために 41 種類の色合いをテストして決めたそうだ。テストって、たとえばユーザーのクリック率を検証するってことだ。
 ジョブズが 1000 回ノーというのとは違う。

 どちらが正しいか、ではない。
 どちらも正しい。
 どちらが好きかだろうなぁ。あるいは自分の性に合うか、合わないか。
 ということで、ついこの間、ジョブズの本を読んだぼくにとって、その対照ぶりがとてもおもしろかった。
 しかし、わかったことがひとつある。ぼくはエンジニアには向いていないということだ。ふむ。

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2011.08.28

ちょっと海を散歩

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ネットって、電気や水道と同じレベルで語られるべきものになっているんだね

 ちょっとしたトラブルで昼過ぎからしばらくネットが使えなくなってしまった。
 夜には復旧したので、たいしたことにはならずほっとしている。
 それはいいんだが、よく考えたらネットが使えないと、Mac を使うことがほとんどできなくなっていることに気がついてちょっと愕然としてしまった。
 いや、iPhone も iPad もだな。

 というのも仕事で使うようなファイルは Dropbox に入っているからだ。現在進行形のものはすべて Dropbox にある。
 それだけじゃない。blog の原稿、っていってもただ書き殴っているだけだけど、その原稿を整理しているファイルもやはり同じように Dropbox に入っている。
 実は、iMac と Macbook 間のデータのやり取りもほとんどが Dropbox 経由。だってなにも考えずに、そこにおいてあるファイルを使っているから、必然的にそうなってしまうわけだ。
 最悪は 3G 回線を使って iPad を使ってファイルをやりとりしようか、とも考えたけど、よくよく考えてみれば、iMac から iPad にファイルを直接送るすべがない。

 もちろん仕事のやり取りはほとんどがメールだ。
 ついでにいうと、なにかあればすぐに Web で調べたりするので、なにか考えたいときにもネットが必要になる。
 iPad や iPhone でゲームをやるときも、実はネットが必要なのだ。アプリはそれぞれインストールされているけど、Game Center にアクセスするからね。

 ということで、クラウドサービスなんて使うようになったらもちろんだけど、いまのぼくの環境にとっては、もう必然という単語ではなく、前提ということばで語られるべきことになってしまっていることに、今さらのように気がついてしまったわけだ。
 ネットに接続しているのがごくごくあたりまえのことで、もう電気や水道やガスとおなじようなインフラの一部ということになってしまっている。
 だから、ネットに接続できないことがわかった段階でやる気も切断されてしまったりして。
 いや、けっしていい訳じゃなくて、だってなにもできないんだもの。

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2011.08.26

スティーブ・ジョブズ


 スティーブ・ジョブズが Apple の CEO を辞任するというニュースが駆け巡ったのが、昨日の朝。
 Apple から去るのではなく、会長職に留まるという。以前、辞任の意志があることは公表されていたので、いまさら驚くようなことではないのかもしれない。そのときは、Apple がこれからどうなるのか不安に思いもしたが、きっとジョブズのことだ。しっかりと将来のことを考え、また準備を進めて、その目処がたったから辞任したのだろう。
 健康のこともある。
 いまは、おつかれさまでしたと、彼の決断を受け入れようじゃないか。
 そして、いままでありがとうという言葉も贈りたい。
 あなたのおかけで、ぼくはとてもいい環境で仕事をすることができた。Macintosh II ci からの付き合いだったげと、とてもいい付き合いをさせてもらった。
 ありがとう。

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2011.08.25

雲の色

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決算というやつがある

 一応、会社の社長さんなので、といっても零細を超えたほとんど個人企業なんだけど、それでも年に一回、決算をしなければならない。
 売上がどんなに悲惨だったとしても、払わなければいけない税金もある。泣きっ面に蜂というやつなんだが、これも法律で決まってることなので仕方ない。
 でなにをすればいいのかというと、ほとんど税理士の方にお任せなのだが、経費をいくら使ったのかはわたしがまとめないと、いかに優秀な先生でもできない。あたりまえの話だよね。

 期日が迫っていて、ともかく一昨日領収書関係はすべてまとめて送っておいたのだが、交通費はそう簡単にいかない。いついつどこへ、なにを使って移動して、いくらかかったのかをきちんとリストにしておかなければいけない。  こんなこと、出かけたその日にちょっと処理しておけばなんてことはないけど、溜め込むと大変なことになる。
 ということで、泣きながら午後いっぱい使って交通費のリスト作り。ファイル自体は FileMaker で作ってあるので、ひとつひとつ項目を打ち込んでいくだけなんだけど、それでも手間がかかるんだよなぁ。

 次からは、せめて週に一回整理するようにしないと時間を大幅にロスしてしまう気がする。
 って、わかっちゃいるけど、てきない種類のことなんだけどね。

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江の島 - Tiltshift Gen

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2011.08.24

だから Xcord

 とりあえず、いまなにをやっているのか、って仕事のことね、を少しはわかるようにしようと思う。
 もちろん詳細を公開するわけにはいかない。が、堅苦しいことは抜きにして、書けることは書いていこう。

 まず午前中は今月からはじめているデジタルツールのなんでも相談を。一応、デジタルナビガイドという名称でサービスをやっている。興味のある人は、このページで確認してね。
 ということで、鎌倉のとあるお宅にお邪魔してお仕事。
 MacBook Pro なのでぼくとしても楽しい仕事になっている。いろいろとやらなきゃいけないことがあるので、また来週お邪魔することに。

 午後は、Xcode のインストール。
 ちょっと考えるところもあって真剣に Xcode と向かい合うつもりだ。ということで、Snow Leopard の最新版をダウンロード。ところがこいつがなかなかヘビーで予想以上に時間がかかってしまった。
 それというのも、iMac と MacBook の両方にダウンロードしたため。それにサイズもでかい。
 で、とりあえずダウンロードが終わったところでインストール。iMac の方は順調に終わったけど、MacBook はエラーが出てインストールが中断してしまった。iTunes をシャットダウンしろというメッセージが出るんだが、もちろん iTunes など起動していない。ということで、MacBook の方は、インストールをやり直し。ふむ。

 インストールが終わった iMac は Xcode を起動すると、なぜかエラーが出て起ち上がらない。
 ウンともスンともいわないのはなぜだ?
 前のバージョンは確か、ちゃんと動いたはずなのに、今回は動かない……。
 ということで、もしかしたら前のバージョンのファイルが残っているせいなのかも、ということでまとめてゴミ箱へ。
 で、ここで頭の痛いことが。というのは、iMac 本体の空き容量が少なくなってしまっているのだ。インストールに 10GB 以上必要なんだか、なんとこの時点で 5GB しか空いていない。仕方なく、ムービーのファイルを削ってなんとか容量を確保することに。

 なんてことをやっていたら、ようやく MacBook の方のインストールが終了……、しない。ふむ。
 こっちは原因はまったくわからず。仕方ないので前のバージョンの Xcode 関連すべてをゴミ箱にポイして、再起動して、ファイルのダウンロードからやり直し。

 iMac も再度不要なファイルを削除して、ダウンロードからやり直し。やれやれ。

 なんてことをやって iMac はインストールも起動もなんとか成功。
 Xcode がちゃんと動いたは 18 時。って、もう夜になりかけてます。
 で、起動してみてびっくり。前のバージョンとまったく違うじゃん……。手元にある参考書がまったく役に立ちそうにない……。
 しばし途方に暮れる。
 だって、やる気満々だったのだ。参考書に載っているサンプルのアプリを一本作るつもりだったからね。それがインストールと起動だけで終わってしまうなんて。しかも、MacBook の方はインストールすら完了していない状態。やれやれ。

 ということで、今日は Xcode の起動確認まで。
 MacBook の方は、夜、なんとかインストールを済ませて、起動を確認。さて、あとは明日だね。それにして、Xcode 4.0.2 の勉強はなにをテキストにしたらいいんだろう? 問題はそれだな。

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2011.08.23

磯の住人 5

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たまには仕事の話でも

 たまにはもっと積極的に仕事の話を書いてみてもいいんじゃないだろうかと思っている。
 じゃ、さっそくということで書こうとしたけど、よく考えたら書けないことだらけなことに気がついた。
 たとえば「My Railway」だと、次はどうするのかということを、ぼくひとりで決めて実行できるわけではないからだ。制作サイドだけでなく、販売に関わっている人たちや、その他、鉄道会社の人たちまで、実に多くの人たちに関わってもらっている。だから、最後の最後、これなら公開してもいいよという段階にならなければ blog に書くことができない。

 それなら、まだぼくの頭の中にだけあることを書いてみたら、と思ってはみたものの、まだこの世に出ていないものを、ここで公開するわけにはいかない。ほら、いろいろとあるでしょ。まだ創っていないモノを公開したらどうなるだろうという心配が。
 やっかいなものだね。

 じゃ、もっともっと個人ベースに近い話ならどうだろう?
 今月からはじめているデジタルツールのサポートの話。
 なるほどこれなら動いているのはぼくだけ……、だと思ったら、そういうわけではないんだよなぁ。
 相手が個人なので、それはそれで配慮が必要だったりする。

 なんてことを挙げていくとなにも書けなくなってしまう。
 そこまでつぶさにではなく、ちょっと大ざっぱでもいいから、概略的な話なら大丈夫かもしれない。
 ということで、これからはちょっと仕事について、いろいろと書いていくことにしよう。
 明日からね。

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雲を重ねて

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2011.08.21

雨の朝

11_08_21

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おまえはもう死んでいる

 今日、例のフジテレビデモがあった。
 いや、まさかほんとうにデモになるとは思っていなかったんだが、どうやら 4000 人以上は集まったらしい。ちゃんとした数字は出ていないけど、警察官も 300 人動員されたらしいしね。
 Ustream の中継を見ていたんだが、なかなか臨場感があってすごかった。なにせデモの中の人がその場で中継していたからね。
 そういう意味では映像コンテンツの価値ってものを考え直す必要もあるよね。

 それはともかく、ことの発端は宮崎あおいの旦那である高岡なんたら、って、ごめん、ちゃんとした名前を知らないし調べるずくがない、が自身の Twitter で韓流ゴリ押しについて文句をたれたことらしい。フジテレビが人気もない韓流の俳優やら、K-POP グループを妙にゴリ押ししているのはぼくも感じていて、朝のめざましテレビで、って、だいたいこの手の番組はもう頭から尻尾までたんなる番宣の寄せ集めてしかないことは百も承知しているんだが、やけに流していることは気になっていた。
 チャン・グンソクを空港で待ち受けるおばちゃんたちがさくらだったことが発覚したり、特番の視聴率が絶望的だったりしたのはついこの間のことだが、それでもめげる様子はなかったからなぁ。
 だいたい人気があるという触れ込みなんだが、この番組で紹介されるまでぼくはその役者だったり、歌手だったり、グループの名前すら知らないもの。
 人気っていう言葉の意味が、もしかしてぼくの知っているものとは違うのかもしれないけど。

 この問題は突っ込みどころ満載で、単に嫌なら見なきゃいいじゃないという一言で片付けられないところがある。
 なにしろ放送事業は免許制で、しかも電波は公共のものだという前提があるからだ。自らがそのことを、わたしたちは社会の公器であるみたいな言い方をするからね。
 でもなんてことはない。ただ利益のみを追求する一般企業とかわらんじゃないかということがあからさまになっている。
 だいたい広告収入ががた落ちで、営業収益だったり、不動産業だったりで、なんとか生き延びている局がほとんどという体たらくだから、もはや死に体であることは明白になりつつある。

 まぁ、見なきゃいいじゃないどころか、すでにほとんど見なくなっているのでどうでもいいけど、そういうぼくからしてみるとこういう騒動が起きるってことは、社会全体がテレビ局に対して特別扱いするつもりはないと考えているってことじゃないかと思う。
 放送事業の根本を考え直す時期はとっくの昔に来ていたはずなんだが、ホリエモンは塀の中だし、楽天も匙を投げたみたいだし、このままなし崩し的に崩壊していくことになるのかもしれないなぁ。
 ひとこと言葉をかけるとしたら「おまえはもう死んでいる」ってとこでしょうかねぇ。

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2011.08.20

スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション

スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション-人生・仕事・世界を変える7つの法則  今年の 5 冊目。カーマイン・ガロ、井口 耕二訳、外村 仁解説「スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション」読了。
 なんということだ。もう八月も終わりが見えてきているというのに、今年は五冊しか読んでないのか。
 って、いろいろあって読了した本が減ったとしても、再読していることが多かったから、まぁいいや。また、その時期が来たら、それこそ馬鹿みたいに読むこともあるだろう。

「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼンテーション」に続いて第二弾ということになる。
 前作はどちらかというとジョブズのプレゼンテーションのやり方自体を分解して、わかりやすく提示してくれたと思うんだが、この一冊はジョブズの、またジョブズが率いているアップルという会社の考え方をつまびらかにしている。
 一冊目が How to 的な要素が濃かったとすれば、これはむしろ考え方といえばいいだろうか、広い意味でいえば生き方にも通じるものになっている。

 いろいろな考え方があるんだろうが個人的にはとてもためになった。特に「イノベーション」とは革新的な技術だったり、資本の投下が必要なものではなく「情熱」だけが実現するための鍵なんだという点。「イノベーション」は大仕掛けななにかではなく、生活を、社会を改変するための一歩でいい。なるほどそれなら「情熱」こそが、その原動力となるということは頷ける。
 ジョブズの人生そのものが「イノベーション」を起こしてきた見本のようなものなんだが、こうやってていねいに説明されると、イノベーションとそれを起こすためのキーポイントがよく理解できる。

 人生の指針として、ここに書かれている法則をひとつひとつ実行するのもいいだろう。
 というか、ぼくはそのつもりだけどね。だって人の引いたレールの上を走るってのはどうしても納得できないし、どんなに小さな一歩でもいいから、世の中に記してみたいじゃない、ね。

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2011.08.18

佐助稲荷神社

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もうひとつの鎌倉

 逗子に引っ越しをしたからということもあるが、鎌倉がとても身近な存在になっている。
 すぐ隣ということもあるし、どこかへ行くときにはそこを通るということもある。そして仕事でも鎌倉と関連したことを考えているということもある。
 とはいえ鎌倉のことをよく知っているわけではない。というよりも、ほとんど知らないといった方がいいだろう。
 だからときおり鎌倉を歩いて、街の表情を肌で感じたいと思っている。
 実は、ぼくは京都生まれなんだが、そんなこともあってかなんとなく京都と比較してしまうことがある。けれど歴史を考えても、その成り立ちはもちろんだが、その後の成り行きにも大きな違いがある。なによりも鎌倉に幕府があった頃の街の大きさを考えると、京都とは比較にならないほどこぢんまりとしている。

 とりあえず体感したいということが大きいので、テクテクと歩くことが基本になる。
 ということで、今日は奥さんと一緒に家から歩いて鎌倉に入り、佐助稲荷へと行ってみた。隧道を抜けて鎌倉に入り踏切を過ぎると、街の景色がなんとなく鎌倉っぽくなる。
 どこがどうということでない。けれど建ち並ぶ家のどこかに歴史を感じさせるものがあったり、あるいは手作り感といったものが漂っている。これは逗子にはない感覚だ。いや、きっと他のどの街にもないだろう。
 ただ古いということではなく、どこかに時の流れの名残がある。
 もちろん真新しい家も並んでいる。しかし景色としてそこを見ると、やはり時が経過することでしか生み出せない雰囲気が漂っている。おもしろいものだ。

 佐助稲荷は銭洗弁財天の近くにある。
 頼朝ゆかりの神社だ。
 創建は不明らしいが、夢枕に立った翁が頼朝の挙兵を促したということから再建されたそうだ。
 佐殿と呼ばれていた頼朝を助けたところから、佐助と名付けられたらしい。
 参道に立ち並ぶ赤い鳥居が印象的だ。

 実はこんな神社が住宅地の中にある。もちろん当時は隠れ里といわれていた場所だから山裾に建っている。けれど参道の入り口の両側にはごく普通の家があり、そこには古ぼけた郵便受けが手紙や新聞を待っている。これが鎌倉だ。歴史が生活のすぐ隣に在る。
 とても不思議な街。それが鎌倉の一面だ。

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エイに刺された男の話

 海で右足を刺されたのは先週の月曜のこと。
 そのあと、奥さんの実家へ里帰りしたこともあって、blog を一週間以上休んでしまった。ちょうど帰省ラッシュと重なって、行きも帰りも 13 時間以上のロングドライブになってしまい、かなり疲弊したこともある。帰ってきてからはすぐに仕事で外出したりと、まぁ、落ち着きを取り戻すのにちょっと時間がかかってしまった。おまけにこの暑さだしね。

 とりあえず疲れもなくなり、ようやく出かける前の生活に完全に戻ったのは今日だろうか。朝、海で撮影したあと、そのまま泳いだ。実は、まだ刺された足は完治していない。ちょっと腫れが残っているのだ。しかも刺されたあたりはしこりになっている。
 その犯人がはっきりとわかったのは、刺された翌日、SUP のインストラクタと海で話をしたからだ。
 それはエイでしょう。
 ということで犯人ははっきりした。逗子海岸にはけっこういるらしい。だから朝早くや暗くなってから海に入るときには気をつけなければいけない。

 そのインストラクタと今日の夕方、久しぶりに海で会った。
 ぼくの足のことを心配してくれていた。
 ついでに一昨日、エイに刺された人の話も教えてくれた。
 かなり大型のエイだったのかもしれないが、刺された男はその場で気を失い、口からは泡を吹いていたそうだ。もちろんそのまま救急車で病院へ搬送されたらしい。

 ということは、ぼくはかなり運がよかったということになる。
 刺されたとはいっても、そのまま海で泳ぎ、痛む足を引きずりながらだったけど、自力で家に帰ることができて、その後はなんともなく過ごしているからね。
 しかし、そうか、そこまで強烈な毒だったんだ。ときには気を失うほど。
 これからは気をつけなければ。
 そう、海へ入るときは摺り足。これが基本だ。

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2011.08.08

海星

11_08_08

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まだ腫れてるよ

 朝、少しだけ余裕ができた。
 もちろん時間的にだけど。
 いままで、朝、起きるとそのまま海まで行き、写真を撮って帰宅して、その写真を Web サイトにアップしていた。でないと出かける時間に間に合わなくなるからだ。
 けれど、出かける用事がなくなった。
 ということで、写真を撮るところまでは同じなんだが、そのまますぐに帰らずに 30 分ほど海で泳ぐことにした。
 去年はジョギングしたあと泳いでいたんだが、今年は撮影したらそのまま泳ぐことになる。

 昨日までの波も若干落ち着き、しかも月曜日ということもあってサーファーたちの姿もない。これは泳ぎやすいよなと思いながら、海へ入った。なにも考えずにずんずん海に入っていったんだが、膝あたりまでの深さを超えたところで、なにか堅いものを右足が踏んだ。
 その瞬間、なにかに咬まれたような痛みが走った。
 すぐに右足を確認したけど、5mm ほどの幅で傷があった。そこからすこしだけ血が出ている。
 まさか咬みつくような生き物は海にいないだろう。
 だから、歪な形の石でも踏んで切ってしまったんじゃないかと思って、そのまま泳ぐことにした。もちろん泳いでいる間、右足が少し気にはなったけど、傷に海水が染みているんだろうと放っておいた。
 けれど海からの帰り道、歩くたびに足に痛みが走るようになった。
 血は止まってはいたけど、しかし、右足が痛む。一歩歩くたびに痛んだ。

 帰宅してすぐに痛みは引くだろうと思ったけど、まったくその気配はない。それどころか痛みは酷くなるし、腫れ上がってきてしまった。
 これって、マジで毒にやられてるよね。
 そう思ったけど、いまさら傷から毒を吸い出すわけにもいかない。だって帰ったときには、怪我をしてから 30 分以上は経ってるから、傷口を切り開いて吸い出そうとしても、肝心の毒はすでに散ってしまっている。後の祭りとはこういうことをいう。ふむ。

 こんな痛みをいままで経験したことがない。痛痒いといえばいいんだろうかただ痛いだけではない。それも時を経るごとに酷くなる。七転八倒とまではいかないけど、五回ぐらいは転げ回りたいぐらいの痛さだ。
 この毒って、拷問に使えるんじゃないかなんて思ったりもした。それぐらい痛い。
 だいたい動き回っていないと、というか、足にそれなりの刺激を与えていないと痛くてじっとしていられないのだ。寝ることすらできない。横になっても足が痛む。しかも、その痛みが単純ではない。いろいろな種類の痛みがミックスで右足の神経を嫌というほど逆撫でしてくれる。

 それにしても頭に来るのは、原因がいったいなんなのかさっぱりわからないことだ。
 なんだろう?
 ググってもこれだという記事に行きあたらない。巻き貝でも踏んだのかもしれない。どうやら毒を持っているらしい。とはいえ、まったくといっていいほど確信がない。だいたいそんな話を、この歳になるまで聞いたことがないからだ。
 なんてことを考えていても、ただただ痛みが襲いかかってくる。
 結局、5 時間ほど痛みは引かなかった。
 痛みが引いたときには、じつは知らない間にソファでスヤっていた。いや、気絶睡眠に近かったのかもしれない。

 痛みは昼には引いたけど、しかし腫れはそのまま残っている。
 これを書いているいまでも右足は腫れたまま。
 それでも明日もまた海で泳ぐと思う。いや、もう刺されないと思うし。
 もちろん慎重に海には入ると思うけど、ね。

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2011.08.07

こんなチャレンジ

 拠のない仕事が終わって、さていつもの毎日へ。
 とはいえ、二ヶ月も過ごしてしまうとそれなりのパターンができあがってしまうのも、また当然のことといえる。それでも土日はあまり変わっていないといえばそれまでか。
 二度ほど打合せが入ったけど、まぁ、それ以外は休日ではあってもできる仕事はそのままやっていたから、相変わらずといえば言えるのかもしれない。

 ただ今回、家電量販店の店頭で実はとても多くの人たちがパソコンについて、相談したいけれどその相手がいないということを痛切に感じさせられた。パソコンが必要な時代になってはいるけれど、しかしその基本を理解している人たちはそんなに多くない。
 パソコンは道具だ。情報機器のツールに過ぎない。
 しかし、やはり特別なところはある。
 使い方を知ってはいても、パソコンがいったいなんなのかをきちんと理解していないと、いざなにかあったときに対処することができない場合がある。そんなときに相談する人がいないという悩みを抱いている人たちが意外に多いことを、身をもって知らされたわけだ。

 そこで、そういう人たちのためになにかできないか、と考えるようになった。
 もちろん売り場にいるときには、どんなことでも相談に乗ることでなんらかの解決の糸口やヒントを与えることはできた。しかし、その場から離れてしまったいま、ぼくにできることはなんだろう?

 それなら個人でもそれを続ければいいじゃないか、と考えるようになった。
 ということで、仕事としてやってみることを考えている。
 簡単にいうとパソコンをはじめとするデジタルツールのなんでも相談を、個人ベースで受け付けるということだ。しかも、お宅にお伺いして、ひとつひとつアドバイスなり、解決方法のヒントなりを教えていくつもりだ。
 まぁ、どこまでできるのかはわからないけど、人のためになにかできることといったら、ぼく自身が知っていることを人に教えることで、困っていることを解決してあげることだろうとマジで思っている。

 概要は、このページにまとめてみた。
 もちろん、逗子の近郊でなければ訪問することはできないので、なるべくは逗子・鎌倉地域ということになる。どこまでできるのか、とりあえずチャレンジしてみたい。
 もし、知っている人がこんなことで困っているということがあれば、ぜひお知らせを。

 明日から、簡単なチラシをポスティングするところからはじめる予定だ。
 ともかく、ひとりでもいいから、困っている人がいれば、きちんと対応してあげたい。そこからスタートだね。

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2011.08.06

雲の向こうの富士

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ちょっと立ち止まってみる

 これは日記のはずだ。
 ただ、blog という形式で書き残すようになり、果たして日記がどんな役目を果たすべきなのか、もしかすると考え直す必要があるのかもしれない、と思いはじめている。
 なんだかんだでもうすぐ 15 年になるんだが、いままで書いてきたものがぼくのいったいなんの役に立っているのか、よくわからなくなってきた。というか、いままではそんなことを考えることもなく、ただ日記とは日々のことを書き連ねていくものなんだとなんの疑問も持たずに書いてきた。けれど、断捨離的なことを考えるまでもなく、書き連ねてきたものがぼくに対していったいどんな役割を果たすのか、わからない。

 益をもたらすのか、あるいは害を招くのか。
 それとも、そもそもそんな考え方とはまったくかけ離れたものなのか。
 まぁ、そんなことをうだうだと考えても仕方のないことだけど、ただ書き連ねていって果たしてなんになるのか、それは知りたいとは思う。過去を振り返ることが大切なことであれば、なるべく書き残しておきたいと思うし、そうでなければ書きたいことを書けばいいのかもしれないし。

 ただ答えは自分で見つけなければいけないんだろうな。
 でも、思い出ってなんだろうね。
 自分に都合のいいことだけを記憶に残す。それでいいのかもしれない。
 いや、悪いできごとだって都合のいいことの一部だったりすることもあるので、それはそれで記憶に残るけど、でも残り方はやはり自分の都合なんだろうなぁ。

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2011.08.05

今日も波待ち

11_08_05

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最後の日に逝ってしまった

 ということで、今日が最後の日というわけだ。って、いきなり書いてもわからないね。
 いままで、拠のない用事と書いてきたことだ。
 だからどうだということもないんだけど、ちょっとした区切りであることは間違いない。二ヶ月ちょっと平日毎日やってきたことだからなぁ。といってたいしたことじゃない。
 某家電量販店の店頭に立っていた。販売のお手伝いみたいなものだと思ってもらえばいい。
 詳細な説明は憚られるし、そこでどんなことをやっていたのかも、きっと書いてはいけないだろう。なにより、そこの店の事情はどんなものかなんていう話も公にはできない。つぶさに書いていくとなかなかおもしろい話になることは請け合いなんだが、さすがのぼくでも書けない。
 呑んだ拍子にウッカリこぼすことはあるかもしれないので、もしどうしても訊いてみたいという奇特な方は、呑みに誘って欲しい。おごりとなるとさらに口が軽くなることも考えられるので、あんなことやこんなことまで聞けるかもしれない。なんてね……。

 というところまで書いた途端、iPhone が飛んでしまった。
 「奇特」という文字を変換しようとしているところで、突然 Activation の画面に切り替わり、あたりまえだけどそこからさきに進めなくなってしまった。
 まあ、開発用のアプリチェックのためもあって、iOS を 5 にしていたので、なにがあっても不思議ではない。けど、なにもこのタイミングで逝ってしまうこともなかろうと思うんだが、それとも、このネタは書いてはいけないという思し召しなんだろうか?

 どっちにせよ、すぐに復帰などできるはずもなく、というのも、基本的にこの文章は電車の中で、しかも iPhone で書くことにしていたので、もはやなにもすることができず。
 そのまま出勤して、無事に一日を終えると、まっすぐ家に帰り、iPhone の Restore。だいたい iOS 5 にしてしまっているので、「復元」を選択しても、そのまますんなりとできない。通常あり得ない OS をインストールしてしまっているので、4.3.5 に戻すことができないのだ。

 仕方なくリカバリーモードという奥の手を使う。
 って、これが奥の手かどうかよくわからないんだが、完全にシャットダウンしてから、ホームボタンを押したまま USB ケーブルを接続。iPhone を認識してくれたのでそのまま復元。
 ただし、本来 Back Up されていたデータは使えず。もちろん、iOS 5 にしてしまっているから。
 ということで、出荷状態に戻してもよかったんだが、アプリのインストールも面倒だろうと、以前使っていた、というか、いまも Wi-Fi だけで使っている iPhone 3G のバックアップデータを使用。
 なんとか元に戻すことができた。
 しかし、アプリはまた整理し直さなきゃ。やれやれ。
 で、OS はどうしようか、また iOS 5 にするべきか、しばらくはこのまま 4.3.5 を使うべきか。
 ちょっと悩んでみることにしよう。
 それにしても、なぜ今日だったんだろう?

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2011.08.04

波待ち

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前日

 個人的なことで申し訳ないが、といっても、ぼくの blog なので個人的なエントリーで埋めらるのは当然の話だね。
 とりあえず、拠のない用事については、あしたあたりからぽつぽつと書いていくことになるだろう。まぁ、ありのまま書くことはたぶんできないだろうから、具体的なことは避けた感じになると思うけど、それでもぼくがやっていたことについては俯瞰できると思う。

 ということで、ぼく自身のためにもちょっと整理しようと思って振り返ってみたんだが、今回はいろいろと勉強になったし、そういう意味でいえば、明日は卒業式のようなものなのかもしれないと思っている。そう考えると、今回、ぼくが陥った事態も納得はしたくはないけど腑に落ちるし、なるほどその意味も受けとめることができるからだ。
 なによりも、なにかを学んだんだということを一番実感しているしね。
 内容はどうであれ、またやったことがどんなことであれ、得るものがあったということは、いいことだ。考えさせられることも多々あったし、世の中のいままでは見てこなかったアングルから捉えることができるようになるきっかけをもらったともいえるだろう。
 なにより、卒業式なんだということになれば、この拠のない用事というやつが、ぼくの人生の中で意味を持つしね。

 さてと、あと二日。しっかりと最後まで勤めましょう。

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2011.08.03

代償

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 なんてこった、せっせと書いていた駄文が、ちょっとしたミスで全部消えてしまった。うむ……。
 いや、たいしたことを書いていたわけではない。でも、逗子から大船へ向かう車中で書いたものが綺麗に消えしまった。
 いまさら書き直すこともできないし……。内容はなんとなく覚えているけど、一字一句同じように書き直すのは無理だし、なによりも時間がない。
 ということで、言い訳でも書こうと書き直しをはじめて気がついた。
 Simplenote にはヒストリー機能があったのだ。そのつもりであればリカバリーできたのに、全部消してしまった。綺麗さっぱり、すべてを消去してしまった。もはやリカバリーなどできない。

 ようやく iPhone 版の Simplenote に馴れはじめたところだったのなぁ。
 まぁ、でもこうやって失敗をして、ひとつひとつ便利な機能を覚えていけばいいよね。
 って、消してしまった駄文の代償としてこれだけはしっかりと覚えておこう。画面下にある時計のマークだ。これでヒストリー機能を使うことができる。
 やれやれ。

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2011.08.02

碧い波

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ときには

 気がつけば、もう八月。
 なんだかしばらくの間、曇り空が続いたせいで、なんとなく夏の気分になっていないんだが、ほんとうなら夏真っ盛りだよなぁ。それもあるんだか、今回は某所に日中はほぼ閉じ込められているせいで、よけいに季節感がない。
 陽射しを浴びて、汗を垂らしながら、陽炎が揺れるところを歩かないと夏じゃないような気がするというのもどうかと思うけど、実際、今年はまだ寝苦しい夜というのがそんなにない。それはそれでいいことなんだけどね。

 去年は逗子に引越したばかりだったけど、日に何度も海へ行ってたから、確かにそれに比べると夏気分を味わう時間が少ないことも確かだ。 ときにはこんな夏もあるんだろう。
 もっともこれから連日暑くなる可能性もあるからまだ夏を締めくくるには早すぎるのかもしれないけど。

 とりあえず、今週で拠のない用事は終わることになっている。
 どうしてこういう事態に陥ったのか、また陥った事態はどんな状況なのか、つぶさに書いていくとそれはそれでおもしろい話ができそうだが、関係各所に影響や刺激を与えても、百害あって一利なしなので、またいずれの機会にということにしておこう。

 ただなにも得るものがなかったわけではない。人生という奴は、なんて書くとちょっと大袈裟かもしれないけど、ときにはなかなか味なことをしてくれる。堪ったものではない話ではあるけど、もしかしたら、ひとつのきっかけとしてぼくの人生に必要なことだったのかもしれない、と正直思っている。
 何度もいうけど、しかしそれは溜まったものじゃないことは確か。でも、これはすべて自分が招いたことであることも事実。だからしっかりと受け止める必要がある。受け止めて、しかもそれを消化していかなければいけない。もちろん、得るものはしっかりと得なければいけない。でなけば、すべてが無駄に終わってしまう。

 とにかく、今週で終わるので、それからぼちぼちと書いていくことになると思う。
 それがおもしろい読み物になるのかどうかはさておき、ぼくにはきっと必要なことだと思うから。

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2011.08.01

穏やかな波

11_08_01

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単純だけど

 毎朝、海まで散歩している。
 のんびりと海まで行くと、波打ち際をデジカメ片手に歩くのが日課になっている。
 このところ曇り空が続いて梅雨に逆戻りしたような天気だった。昨日なんかは、一日雨が降ったり止んだりとすっきりしない天気。そのせいか、なんとなく気持ちも湿りがちだったようだ。
 今朝は久しぶりに青空が広がり、気持ちのいい散歩になった。
 青い空と碧い海を眺めていると、俯いていた気持ちも前を向けるようになるようだ。

 海を見ていると、なにかを恐れる気持ちがこころを縮こまらせるということがよくわかる。
 それはたぶん一番いけないことだろう。恐れる気持ちをなくすことはできないけれど、その感情もきちんと見て取れるようにならなければいけない。
 そうすれば、恐れることはなくなりはしないだろうが、恐れる気持ちは消すことができるかもしれない。あるいは勇気といっていいかもしれないんだが、きっと立ち向かうことができるはずだ。
 もしかしたら、青い空と碧い海がそんなことも忘れさせてくれるかもしれないけど。
 我ながら単純だとは思うけど、そんなものだよね。人の心のありようなんて。

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