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2011年4月

2011.04.30

ツツジ

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2011.04.28

ちょっと波乗りに

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まず、いまの自分をそのまま受け入れる

 このところいろいろなことがあって、というと、いいこともあったように聞こえるだろうけど、まぁ、そのほとんどはそういういい方をしてよければ、いいことなどほとんどまったくなかったけど、考えることが多々あった。
 しかし、要するにどこからスタートすればいいのか、ということについて断言してもいいが、これしかない。
 いまの自分をそのまま受け入れる、ということだ。

 あのときはよかったと過去を美化してみたり、あのときに躓いたんだよなぁと過去を悔いてみたり、なにかにぶち当たるとついつい考えがちだ。
 しかし、過去をどんなに懐かしんでも時間は逆戻りしてはくれない。生きているのは今なのだ。
 また、逆に過去を悔いてもバック・トゥ・ザ・フューチャーよろしくタイムマシンで戻ってやり直すことなどできないのだ。
 現実は、今でしかない。
 そして、待っているのは未来だけなのだ。
 いまできることは、自分が歩いてきた道をそのまま認めること。そのときそのときの判断があって、そして今がある。だから、過去に価値を求めるのではなく、また、過去に過ちを押しつけるのではなく、過去は過去として捉え、そして過去の判断はそのときはたとえ失敗したと思っていても、最善の道を歩んできたのだと、すべてを受け入れることだ。
 そこからしか、前に進むことはできない。

 いま自分はベストの道を歩いている。
 どんなに考えても、なにをどう悔いても、いまの自分は変わり様はない。であれば、いまの自分がベストで、これからもベストの自分でいられるんだと考えた方が精神衛生上よろしい。
 いや、それだけでなく、世にある成功体験のほとんどは、そのことを説いている。
 いまの自分を不当に低く自ら扱えば、明日はさらに低く自分を見ることになっていくだろう。なぜって? だって、どういう人生を送ろうが、それをきちんと評価できるのは、結局自分だけなのだから。
 だからこそ、いまの自分はベストなんだと考えた方がいい。
 そう、たとえば自分の理想像とはかけ離れていたとしても、それは理想像へ近づくための一歩を歩いているのか、あるいは思いもしなかった別の理想像へと変わるための準備期間かもしれないと考えよう。

 確信を持って進める一歩は、不安を抱き、あるいは疑いながらおずおずと踏み出す一歩とはその価値は自ずと違ってくる。
 だから、堂々と一歩を進めよう。
 ぼくはそう考えて、というか、ときには不安を抱いたり、訝しんだりすることもあるけど、これからは努めて、これがベストの一歩なんだと考えることにする。
 この一歩のためにいままでの過去があり、この一歩がこれからを創るんだとね。
 ちょっと強がりが入っているかもしれないけど。

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2011.04.27

「My Railway」シリーズ GW セール中!!

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 告知がちょっと遅くなってしまいましたが、「My Railway」シリーズ全 4 タイトルが、GW 特別セール中です。いまなら、115 円でダウンロードできます。
 5/10 までセールをおこないます。ぜひこの機会に「Mr Railway」シリーズを楽しんでください。

 告知ばかりで申し訳ないですが、公式の Facebook ページも公開されています。こちらもよろしくお願いいたします。

My Railway JR東日本 編 - KADOKAWA SHOTEN PUBLISHING CO.,LTD.  ■ My Railway JR 東日本編

MyRailway JR東日本編 for iPad - KADOKAWA SHOTEN PUBLISHING CO.,LTD.  ■ My Railway JR 東日本編 for iPad

My railway  JR西日本編 - KADOKAWA SHOTEN PUBLISHING CO.,LTD.  ■ My Railway JR 西日本編 iPhone 版

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2011.04.21

穏やかな海

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断捨離って、部屋の整理のことだけじゃないかも

 端的にいってしまえば、ときには人生においても「断捨離」は必要なんじゃないかと、このところぼくの周りで立て続けに起こっているトラブルを解きほぐしながら思っている。
 いまの状態をどう説明したらいいのか、実はとても事態が複雑で、しかしその原因はシンプルなことなんだが、ようやくその核心がなんなのかわかりかけてきたところで、ああそうか、これは一回人生を断捨離しなさいということなのかもしれない、と思い至ったというのが正直なところだ。
 こんな人のトラブル話は聞かされても、また読まされてもおもしろくないだろう。
 怨嗟にまみれた悪口を聞いても読んでも、精神衛生上あまりいいものだとは思えない。それに、だいたいぼく自身が抱え込んでいるとあることに対するとぐろを巻いたような、しかも相当にどす黒い怨嗟の固まりは、人知れずあちこちにまき散らしてしまっているので、あまり原形をとどめていない。
 こういう感情って小出しにしちゃうと、それはそれで終熄へと向かっていってしまうものなんだよね。

 ただ、だからこそ「人生における断捨離」みたいなことが考えられるようになってきたのかもしれない。
 いや、なかなかこういう思いにはなれないんじゃないだろうか。ぼくもそれなりに人生の歩を進めてきているけど、あまり経験はないはず。

 ということで、しばし断捨離を断行することにした。
 きっとそれなりの格好がつくのが、GW の終わりぐらいかなぁ。
 きっとすっきりさっぱりした顔で、改めて blog で報告できるようになるんじゃないだろうか。そう思っている。
 ただ、そのときには、いろいろと本当のことを書いてしまうと思うので、ちょっと驚いたり、引いてしまう人が出てくるかもしれない。まぁ、そのときはそのとき。
 できたら、ただ黙って読んでほしいだけなんだけどね。
 それじゃ、とりあえず人生も断捨離してみます。

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2011.04.19

のち、晴れ

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曇り

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2011.04.17

夏への扉

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How to SUP


 とりあえず SUP を実際にやってみる前に、どうやって乗るのかということを、それなりに知っておいた方がいいと思う。
 というのも、ちゃんとした乗り方を知らずに遊んでいるグループを逗子海岸で見かけたことがあるからだ。
 そんなに難しいことじゃない。ボードの上に立つだけなんだけど、足の位置とそれからパドルの向きだけは知っておいてほしい。
 ボードにサーフィンのレギュラーやグーフィースタンスで乗る人がいるらしいけど、というか、一度、そのスタンスで乗ったまま沖から戻ってくる人を見たことがあるんだけど、さすがにその時には驚いてしまった。だって菜島に向かっているときで、それもかなり沖だったからなぁ。
 普通、サーフィンと同じような乗り方でクルージングなんてとてもじゃないけどできないし、ぼくは絶対にそんな乗り方無理です。はい。

 なによりも百聞は一見にしかず。ということで、このムービーがちょうどいいかも。
 ぼくが会員になっている、といっても準会員なんだけど、SUP のスクール Oceans の Web サイトでも紹介されていて、ぼくもまずこれを見て SUP の予習をしました。そのあと、いろいろなムービーを見たけど、これが端的でとにかくわかりやすいです。
 それに方向転換とか、落ちたときのこととか必要なことがちゃんと紹介されているのもグッド。これを見ておけば、SUP の基本はほぼ OK。
 ほかの画像も見たいという人は、このムービーがいいかもしれない。

 とりあえずボードのほぼ中央に両足を左右に開いて立つ、というのが基本。しかも腰は引かずに、なるべく自然にそのまま気をつけといった感じで立った方がよろしい。ぺっぴり腰はかっこわるいだけでなく、パドリングの効率が悪くなってしまうからね。
 もちろん波に乗るときにはサーフィンと同じように、どちらかの足を前にずらすけど、クルージングを楽しむときは両足は同じ位置。
 あと気をつけるのはパドルの向き。
 パドルは角度がついているけど、正しい向きを知らない人は反対にしてパドリングしちゃうことが多いんだよね。あくまでも、ロゴマークが付いている方が前です。それと持つ手の位置。立ってパドリングするときは、片方の手は必ずパドルのトップに置きましょう。
 座って乗っているときはそのときに一番漕ぎやすいところを持てばいいけど、立っているときはトップに置いて、しかもその手をなるべく伸ばして漕ぐと効率よくパドリングできます。ムービーでも John がちゃんと腕は伸ばせといってるよね。

 ということでなんとなくわかってもらえたかなぁ。
 まったくはじめてでも、三十分もしたら立てるはず。というか、ぼくができたんだから大丈夫だと思うよ。もちろん立てたからといって、すぐに自由自在に漕いで遊べるわけじゃない。はじめのうちは何度も落ちると思うけど、そのうち身体が勝手にバランスを取ってくれるようになる。
 でも海で遊ぶんだから、海に入ることを嫌がる必要はないよね。落ちてもそれはそれで楽しいので、まったく気にせずに落ちまくりましょう。
 あ、でも少しは泳げないと駄目だけどね。

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2011.04.16

陽が沈む場所

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Blowin' In The Wind


 夕暮れの海を眺めていたら突然、Bob Dylan が聞きたくなってしまった。
 それも「風に吹かれて」をだ。
 けれど、ぼくの iPhone にそれは入っていない。というか、iTunes のライブラリにも入っていない。
 Bob Dylan は正確にいうとぼくの一つ上の世代の人たちに圧倒的に支持されたアーティストだ。ぼくはどちらかというと、James Taylor や、C,S,N & Y や Joni Mitchell なんかの世代だ。70 年代ということになる。

 なのになぜ、Bob Dylan の、しかもよりによって「風に吹かれて」なのか、ぼく自身にもよくわからない。けど、こういうことがときどきあることは確かだ。きちんとは聴いていなかったけど、ある日あるアーティストの特定の曲が無性に聴きたくなることがある。
 いままでだとそうだなぁ、Procol Harum だったり、Kinks だったり。そういう意味ではちょっと古いバンドの曲が多いなぁ。日吉に住んでいたときには、そのまま TSUTAYA したんだが、逗子には残念なことにしたくても肝心の TSUTAYA がない。
 ということで帰るなり You Tube。とりあえず、見つけたムービーで曲を聴いて納得することに。
 しかし、Bob Dylan かぁ。マジにいろんな曲を聴き直してみるのもいいかもしれない。

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2011.04.15

葉桜

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 いつもなら、サクラが散ってから若葉が出はじめて、鮮やかな緑色になるはずなんだが、今年はちょっとばかりいつもとは違うようだ。
 たぶんサクラの花が咲くのが遅かったからだろう。満開の桜に、若葉が混じっている。
 場所によっては緑がかなり目立つ桜もある。
 気温の問題なのかなんなのか、そういえばいつもならとっくに治まっているはずの花粉症が、まだくすぶっている感じ。ときどく鼻は詰まるし、猛烈に目が痒くなるときもある。
 どうしちゃったんだろう?

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キクモモ

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 とても鮮やかで綺麗な色をしている。名前がわからなかったんだけど、調べてみたら「キクモモ」というらしい。なるほど、菊の花の形をしている。
 春らしい花のひとつだね。

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2011.04.14

ポモドーロって、トマトソースのことではなくて

 実は「ポモドーロ・テクニック」が先週末あたりからマイブームになっている。
 最初「ポモドーロ」と聞いたときには、イタメシのことだと思い込んでいたんだけど、R-style のこのエントリーを読んで、妙に興味をそそられてしまったのだ。
 どんなテクニックなのかという詳しい話は、実際にエントリーを読んでもらうか、本を読んでもらえばいいだろう。ぼくはあくまでも聞きかじりで、しかも自分に都合のいいところだけ拝借して、なんちゃって「ポモドーロ」しているだけだからだ。

 ポイントは「25 分集中して 5 分休む」というところだ。
 いや、あくまでそれはぼくが実行している「なんちゃって」のテクニックなんだけどね。
 とりあえず iPhone のタイマーをセットして、この時間 ( 1 ポモと称するとちょっとその気分になれる ) は、決めたことだけをしっかりとやる。ぼくの場合は、この間は電話が鳴ろうが、メールが届こうが、奥さんが叫ぼうが、いっさい中断することなく、ただひたすら決めたことをやることにしている。
 そう決めてしまってデスクに向かうと、これが集中できてとてもいい感じなのだ。
 しかも、時間の長さを身体に染みこませることができる。そこもポイント。
 どうやら、このポモドーロを 4 回繰り返すと、ちょっと長目の休憩を取って、さらにまたポモドーロするのが本来の姿らしい。

 で、これは自己流の「なんちゃって」のルールなんだが、このポモドーロの単位である「25 分」にこだわらないようにしている。
 というのも、ぼくは B 型の癖に、時間にはちょっと細かいところがあって、切りのいい時間にこのポモドーロを終了したくなってしまう。だから「25 分」にこだわると、終了時間が切りのいい時間ではなく、11 時 37 分とかになってしまう。これがなんとなくすっきりしない。
 まるで名探偵モンクみたいだけど、こればかりは仕方ない。
 ということで開始のタイミングで微妙に「25 分」前後ということで、終了の時間が切りのいい時間になるようにタイマーを設定して取りかかることにしている。

 最初はどうかと思っていたけど、今週になっても続いていて、しばらくは癖になりそうな気配。なぜなのかじっくり考えるとして、いま思っているのは、「25 分」という単位がなんとなく集中するのにキリがいい。内容によっては短かったり、長かったりするけど、それはケースバイケースということで、今後は時間を内容によってもっと自由にコントロールしてみようと思っている。
 というのも、企画書書いていて 1 ポモ終了したので休憩したら、再開したときに書きかけの文章の続きを書き出すのに、時間がかかってしまったからだ。
 個人的なことだけど、どっぷりと集中して作業する場合には「25 分」は短すぎるかもしれない。
 ただ、メール書きとかいままでは雑多な時間の中でこなしていたことはこの「25 分」できれいに片付けることができるようになった。めでたしめでたしである。

 ということで、これからしばらく、この「ポモドーロ・テクニック」を続けてみるつもりだ。
 という内容で blog を書こうと思っていたら「シゴタノ!」でも、「ポモドーロ・テクニック」のエントリーが。なるほどこれはマイブームではないのかもしれない。

 そうそう、ぼくはごく普通のタイマーアプリを使っていたんだが、「シゴタノ!」を読んで知ったけど「ポモドーロ・テクニック」専用のタイマーアプリがあるそうだ。
 これだと「1 ポモ」が「25 分」なんだが、しばらくこれでやってみようかなぁ。

Pomodoro Time Management Lite - rapidrabbit  ■Pomodoro Time Management Lite 2.0

Pomodoro Time Management - rapidrabbit  ■Pomodoro Time Management 2.0

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2011.04.10

サクラ

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2011.04.05

一富士二鳶?

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2011.04.04

青と碧

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思うこと……

 ソフトバンクの孫社長が、個人的に 100 億円を義援金として寄付するそうだ。
 すごいよねぇ。
 そんな感想が聞こえてくる。奥さんもため息混じりに話してくる。
「やっぱりすごいわ」

 確かに、その金額はすごいかもしれない。
 でも、そんなお金があるなら、ソフトバンクの中継基地をもっと増やしいほしい。電波状況を改善してほしい。iPhone でディザリングができるように対応してほしい。
 そう思うぼくは、どこかおかしいだろうか?
 社会的な責任の一部を担っているインフラを扱っているのだ。
 本業できちんと答えを出すのが、まず最初じゃないんだろうか? その方が後々の経済効果は大きいと思う。
 それができないなら、せめて SIM ロックフリーにするとか……。

 けど、そんなこと声を大にしていったら、きっと白い目で見られるだろうなぁ。
 やっかんでやんの、とか、そういうおまえはいくら出したんだよとか。
 いや、人様に寄付できるような生活してません。
 だいたい地震のおかげで予定していた仕事はほとんどすべて吹っ飛んでしまいました。はい。
 だから、そう、やっかみ半分なんでしょう。いや、もっとパーセンテージ高いかも。

 でも、100 億出したからって、もっと巨額の資産持っていたら、単なる節税だろうし、宣伝効果もあるだろうし、それほどの資産があったら、たいした金額じゃない、らしい。もっとも一説によるとだけど。

 その前に、インフラをきちんと、ともかくソフトバンクの電波状況をなんとかしてほしいと真剣に思います。
 その前に自分自身をなんとかしなきゃいけないんだけどね。マジな話。

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2011.04.03

SUP それはスタンドアップパドル・サーフィンのこと

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 SUP。スタンドアップパドル - Stand up Paddle のことだ。ぼくらはごく当たり前に「SUP」といってるけど、Wiki によると正式には「サーフィン」という単語が付くようだ。スタンドアップパドル・サーフィン。興味のある方は、ググって調べてみてほしい。
 簡単にいうと、サーフィンのロングボードと同じようなサイズのボードの上に立ち、パドルを使って漕ぐマリンスポーツということになるだろうか。このところ流行の兆しを見せている、と個人的には思っている。というか、大人気になりそうな気がしてるんだけどね。

 とりあえず、その歴史をちょっと繙いてみよう。
 といっても、そんなに深いものがあるわけじゃない。その昔、ポリネシアのあたりではカヌーなどを使って島の間を移動していたんだが、なかには板きれに近いものを使っていたという話を、テレビ番組だがなにかで見た記憶があるぐらいなんだが、どうもドキュメント的な資料というものになかなか行きあたらない。もしかしたら、ちゃんと調べれば出て来るのかもしれないけど、さすがにそこまでやる気はない。ググってそれで出てこなければそれまでになったとしても仕方ないとは思う。
 図書館にいく暇があるなら海へいった方がいいというのが、この際マリンスポーツをたしなむもの、というかサーファーの端くれの常識だと思うから。

 船といってしまってもいいだろうが、水の上に浮かぶ移動手段ということで考えれば、大切なことは浮力と推進力ということになる。
 推進力としてはパドルだろうが、オールと呼ぼうが人力を使うということになれば、あとは浮力だけ。どんな形状をしていようが人が乗っても沈まない浮力さえあれば OK なので、板きれに近いもので移動していたとしてもなんの不思議もない。
 板きれで海を渡ると聞いたときはちょっと首を傾げたけど、実際、SUP の上に立ち、海に浮かんで、波に揺られてみればそれが決して無謀なことではないことを身をもって知ることができる。

 現在のところ、ネットなどで調べられるところでいけば、どうやらその原点は 1960 年代のワイキキということになりそうだ。Wiki をはじめとして、調べたいくつかのサイトでも同じような話に落ち着いている。
 観光客がサーフィンを楽しむ姿を、ビーチボーイズたちがボードに立ち乗りしたまま写真で撮影したり、荷物を持っていたのあがはじまりなんだそうだ。
 ありそうな話だけど、もしかしたらみんな Wiki に右にならえだったということもありうるけど。

 これがスポーツとなったそのスタートは、マウイのビッグウェイヴサーファーの Laird Hamilton や david kalama などが波がないときの練習のために取り入れたことから。
 これは想像なんだが、とりあえず暇だからちょっとやってみたら、これが意外におもしろいじゃんみたいなノリだったのではないだろうか?
 ものごとのはじまりなんてそんなものだよ。彼らだったら、ボードの上でどんな姿勢を取るのも OK なぐらい、バランス感覚はすぐれているわけだから、波がないからちょっとパドルで漕いで遊ぶなんて簡単なことだったと思うし。
 もろちんこの頃は、サーフィン用のロングボードにパドルだったんだろう。いまは、ほぼ 100% 専用のボードを使う。
 もちろん、ロングボードを使っているわけだから波に乗ることができる。しかも、パドルという推進力があるので、ボード単独で乗るよりも、沖合から波に乗ることもできるわけだ。
 フラットな水面でも遊べというので、ハワイでは子どもから老人まで親しまれている、らしい。
 現地でいちいち確認したわけではないので、このあたりは Wiki の受け売り。

 ぼく自身、SUP をはじめて見たのは逗子海岸。
 去年の GW 前に逗子に引っ越してきて、連休中に浜辺にシートを引いてのんびりしていたら、女の子がとてもいい姿勢で海の上に立っているのが見えてちょっとびっくりしたというのが最初の出会い。
 よく見てみたら、ボードの上にすっくと立って、パドルを操作してすいすいと滑るように進んでいた。とても颯爽としていた印象がある。
 ということで、あれはなんだろうと興味を持ち、Web でちょっと調べたら、それが SUP だった。
 そんなこともあって、ぼく自信も去年の夏の終わりに経験をしたんだけど、次回は SUP の乗り方なんかをちょっと紹介してみようと思う。ということで、SUP の話がこれからも続く、はず。

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2011.04.02

海へ

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書を捨てよ、町へ出よう

 そういったのは、今は亡き寺山修司。
 同タイトルの映画を見たのは高校の時だったか、それとも大学に入ってからだったか。
 ともかく、もう記憶の彼方に近い頃のことだけは確かだ。
 その思想性がどうのといったことはもはやこの頭にはない。ただ、そのフレーズが刻まれているだけ。
 その言葉を借りると、さしずめ今日の気分は「ネットを落とせ、海へ出よう」といったところだろうか。

 とても天気がいい。
 午前中はうっすらとした雲が広がったりもしていたが、時間が経つにつれて雲は消え青空だけが広がっている。陽射しは強く、とても暖かい。風がなければ T シャツ一枚でも過ごせるほど。実際に浜へ行ってみたら、T シャツ一枚どころか上半身裸になって日光浴をしている人たちが何人もいた。
 もうすっかり春といっていいだろう。なにせカレンダーは四月になっているんだから。

 ということで、ぼくも撮った写真をアップするためにいったん帰宅したあと、ふたたび折りたたみ椅子を持って海へ出かけた。
 この前の日曜日も同じように浜辺で椅子に座ってのんびりしたんだが、そのときとは温度の感じ方が段違い。先週はまだ T シャツ一枚なんて想像もつかなかったけど、今日はそうじゃない。もうちょっとしたら初夏が来るといわれたら頷けるほど陽射しがの強さをそのまま感じることができる。
 気持ちいい。
 この分ならもうちょっとでジーパンを脱いで、短パンと T シャツに、ビーチサンダルというこの街の正装に戻れそうだなぁ。

 それにしても、よく考えてみたら逗子に引っ越しをしたのが去年の四月の終わり。
 もうちょっとで一年になるのだ。いや、時間が経つのが早いことは知ってはいたけど、ここまで早いものだろうか。あれからもうちょっとで丸一年なのか。
 そう思って海岸を眺めてみると、引っ越しをしてこうして浜辺でシートを広げた頃と比べると、まだ人が少ないことがわかる。とはいえ、あれは GW だったからなぁ。水着で肌を灼く女の子たちがもういたけど、さすがにまだそこまでの暖かさではない。
 けれど、地震の影響もあってすっかり少なくなっていた人影がいつのまにか増えていることは確か。
 しかも、そこかしこでシートを広げたり、お昼を食べている人たちもいる。こうして季節は春からそして初夏へと変わっていくんだろうなぁ。

 考えてみれば、引っ越しをしてから、ほぼ毎日海を眺めている。
 海がぼくの生活とは切っても切れない存在になっている。逗子に引っ越すまで、ほとんど関係のなかった海がここまでぼくの中で大きな存在になるといったいだれが想像しただろう?
 まぁ、本人が一番驚いていることだけは確かだな。
 毎朝、海へ行き、写真を撮って、その様子を Web サイトにアップするようになるなんてね。我ながらびっくりだ。
 ついでに、もうひとつ驚いたことといえば、マリンスポーツを今年は本格的にはじめようと思っていることだ。

 去年の夏終わりにちょっとチャレンジしてみた SUP に、今年は真剣に取り組むつもりでいる。なにごともはじめるのに遅すぎるということはない。確かに、若いという年齢を遙かに超えて、もうちょっとしたら年寄りの冷や水といわれてもおかしくない歳になるんだが、それでもこいつはどうしてもやってみようと思っている。
 ついでに、この blog に SUP に関係するエントリーが徐々に増えていくと思うけど、そこまで真剣なのかと温かい目で見守っていてほしい。
 まぁ、なんにせよ、こうやって海の近くで生活をすることになったのだ、というかそう決意したのだ。
 海を相手に遊んでこれから暮らしていくのもいいんじゃないかと思う。そういう人生もきっとありだろう。

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