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2011.03.12

伝えあうということ

 土曜日。
 しかし、いつもの土曜日とは違う。
 テレビで流れてくるのは今回の大震災のニュースだけ。NHK も民放もみな一様にニュースを流している。しかも、民放の番組でもいっさい CF が流れない。
 いつもと同じようで、しかしどこか違う。
 時折、余震のせいで揺れることがある。
 ニュースで見るのはとても信じられないような映像ばかりだ。
 福島の原発の建屋が吹っ飛んだり、街ひとつが壊滅状態に陥ったり、住民の半数以上の確認が取れていないところがあったり、そもそも連絡がとれない町があったりと、悲惨なニュースが多い。

 今回、Twitter がとても役立ったわけだけど、それでもいくつかのデマツイートが流れたりと、負の側面も見せていた。
 要するに使う人たちの心根がそこに表れるわけで、それはそのツールだったり、手段の欠点ではない。

 しかし、時代がとても大きく変わっていることを今回の地震は教えてくれた。
 マスコミだけが頼りだった時代はすでに終わり、ひとりひとりが情報を発信することができるようになっている。これはインターネットというシステムが切り拓いたことなんだけど、その威力を今回は実感させてくれた。
 Twitter しかり、Ustream しかり、ニコ生しかり、blog しかり。
 自主的に Twitter の利用をする際のルールを提案し合ったり、ぼくたちにできることはなんなのかといった会話が交わされたりと、Twitter だからこそできる情報の伝達ということもされていた。これは画期的なことだと思う。

 大切な情報はリツイートとして、デマが紛れ込めばそれはデマですよと誰かが知らせる。こういう情報のやりとりはいままでになかったことだ。
 情報を伝える仕組みがここまで変化したのだから、当然価値観もなにもかもが大きくパラダイムシフトしている。
 そのことを認識してこれからのことを考えていかなければいけないだろう。
 情報ってなんなのか。その情報を伝えるということの必然性。そして、その情報を取捨選択することがどれだけ大切なことなのか。ひとりでできなければ、できる人たちが自主的にやれることをやって、作り上げていく情報。
 まだ、復興には多くの時間と、多くの労力と、そして多くの費用が必要になるだろう。けれど、ぼくはとても楽観的に考えている。
 揺れる中でお互いに伝え合うことができたぼくたちだから、きっとこの苦難を一緒に乗り越えていくことができるだろうと。

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