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2011.03.11

14 時 46 分

11_03_11

 14 時 46 分。
 ぼくは電話をしようと思っていたところだった。
 iTunes の新しいバージョンをダウンロードして、再起動が終わったら電話するつもりだった。その再起動が終わったところでちょうど揺れはじめた。
 地震だとすぐにわかったが、しかしその揺れが意外に長く続く。  おかしいと思った瞬間、iMac の電源が落ちた。そのときにはわからなかったけど、停電してしまっていた。
 MacBook の電源がついたままだったので、そのときにはわからなかったのだ。よく考えたら、MacBook も、同じように机の上にあった iPad もバッテリーで駆動していたので、停電しても関係なく動いていたのだ。

 あまりにも長い振動で、さすがにこれはやばいと思い、まず起ち上がると iMac が倒れないようにしばらく抑えていた。
 いったん揺れが収まったところで、家の中を確認した。
 特になにかがひっくり返ったり、落ちたりといったことは幸いなかった。
 もっとも一番下の子の部屋ではフィギュアが一体転がっていたけど。

 まず、水道とガスを確認。どちらもちゃんと繋がっている。
 次にブレーカーを確認にいった。が、こちらは ON になったまま。それで停電していることがわかった。

 MacBook でニュースを、と思ったけど、停電していて家の Air Mac が使えないので、ネットに接続することができない。
 ともかく iPad の Twitter で状況を確認する。
 タイムラインの動きがいつもよりも激しい。それで、とんでもない地震だったことを知る。
 とはいっても、最初は都心でもかなり揺れて、棚がひっくり返ったりしたことぐらいしかわからなかった。が、時間とともに今回の地震のその全貌がわかってきた。
 いままでに経験したことがないような大災害だった。

 停電していてテレビが見られない。頼りになるのは Twitter だけという状況。しかも使えるマシンは iPad だけ。それでも情報はきちんと入ってくる。
 不思議なものでこうしてなんらかの情報が入手できると意外に人は落ち着いていられるものだということを知る。
 そういうするうちに奥さんが帰宅。
 スーパーで買い物をしていたけど同じように停電になり、レジが動かないので買い物ができなかったようだ。

 そのあと、街の様子を見たかったので外出した。
 信号がすべて止まっている。しかし、どこかで事故が起こるということはなかった。みんな冷静に行動しているようだ。
 ついでだからそのまま海まで様子を見にいってみた。
 すでに第一波は来たあとだったようだ。砂浜の濡れている部分がどこまで波が来たかを教えてくれる。
 そんなに強烈な津波ではなかったようだ。
 しかし、海の様子はいつもとは違った。
 異様に潮が引いている。
 まるで海が後ずさりしていくように、見ている間にみるみる引いていく。
 それも普段ならぜったいに顔を出すことがないあたりまで引いている。

 葉山港からは船が沖へ急ぐ。港にあると被害を受けるから沖へ避難しているんだろう。
 居合わせた人と話をしていたら、警察官に危険なので立ち退いてほしいと丁寧にいわれる。もちろん、長居する気はない。何カットか写真を撮るとさっさと帰途につく。
 しかし、はじめてみる光景はちょっとショッキングだった。いったん引いた海水が襲いかかってくるのだろう。

 いつの間にかあたりは暗くなりかかっていた。
 よく考えたら停電に対する備えがまるでできていない。というか、こんな時間まで停電が続くかもしれないということを予測することができなかった。慌てて奥さんが買い物にいったが、コンビニではパンとカップ麺と飲み物だけが、まるで配給のような塩梅で買えるだけで、店内に入ることすらできなかったそうだ。
 気がつくともう夜がそこまでやってきていた。
 さすがに暗闇の中で過ごすことはできない。今度ははぼくが買い物にいったが、すでに日は暮れてしまった。停電しているから当たり前だが、電気が通じていないので、どの店も閉まったまま。
 JR の逗子駅だけは発電機があるからなのか明かりがついていたが、駅に横にあるコンビニも長蛇の列。ただし、食べ物しかなく、懐中電灯はおろかろうそくすらない状態。仕方なく、真っ暗になったバス通りをとぼとぼと歩いて帰ることに。
 見上げると星が煌めいている。街の明かりがないからか、いつもよりも星の数が多いように感じた。

 ライフライン。その言葉の意味をぼくははじめて知ることになる。
 明かりのない生活、電気のない生活がどんなものなのかはじめて体験することになった。
 ガスは繋がっていても、電気がないと風呂を沸かすことができない。暗闇の中で調理なんてできるはずもなく、かろうじてできることといえばお湯を沸かすことぐらい。
 とはいっても、真っ暗ではない。
 MacBook を間接照明代わりにして、iPad の Twitter で情報を入手する。
 Ustream で NHK のニュースが見られることを知って、さっそく iPad で 見てみる。
 広島の中学生が iPhone 4 を使って中継してくれていることを知り、ちょっと驚く。
 NHK のテレビ画面をそのまま移した映像が、ぼくが今日のできごとを見ることのできるすべてだった。とてもショッキングな映像が続く。
 しかし、Ustream で中継してくれている彼をはじめ、実に多くの人たちが積極的に自分でできることをやろうとしている気持ちがぼくにも伝わって来て、なぜだか前向きでいられる。とても不思議な感じだけど、日本中の人たちがしっかりと前を向いている、そんな手応えをといったら口幅ったいけど、ポジティブな気持ちが伝わってくる。

 いつまで待っても電気が回復しないので、早めに寝てしまうことにする。
 明日はどんな日が待っているんだろう?

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