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2011.02.05

持つということ

 ロックといい方をすると歳がばれてしまうが、まぁ、いまさら年齢を気にするほど若くないからどうでもいいけど、ともかく持っていた洋楽の CD の処分が済んだ。
 枚数でいうと、150 枚ほど。引っ越しのときに処分したレコードが 200 枚ちょっとだったからコレクターとはいえない程度だろうか。
 あと音楽関係で残っているのはクラシックの CD だけ。こっちは 80 枚ぐらいだから、それこそ囓っただけとしかいえないんだろう。クラシックは奥が深いからね。

 それでも、こいつはどうしたものか。実はちょっと迷っている。
 いっそそのまま一緒に売り払うかとも思ったんだが、まだブルックナーを全部聴いていないしなぁ、とか、クレンペラーだけでなくほかの指揮者のベートーベンだって聴きたいしなぁ、みたいな思いがぐるぐると頭の中で渦巻いてくれるのだ。
 洋楽はこれから新たに買いたい CD など、よほどのことがないかぎり出ないだろうし、たとえ出たとしてもいろいろな手段で入手することができる。が、クラシックとなると CD を買い求めるしかないのが現実。
 だから思い切れない。

 モノを所有するというのは、しかしどういうことなのか。
 CD のことだけでなく、ほかのモノのこともつい考えてしまう。
 というのも、本についてはなんだかあまり所有欲というものが湧かなくなってきたからだ。一時期は初版本を好んで買っていたことがあったけど、先月だったか Book Off に売り払ってその値付けにむなしさすら覚えた。
 夏目漱石の初版本なら歴史的な価値はあるんだろうが、井上ひさしだの、倉橋由美子だの、筒井康隆だの、小松左京だの、京極夏彦だの、さらにはフィリップ・K・ディックやカート・ボネガット、ハインラインの訳本にどれだけ歴史的な価値があるというのか?

 デジタルデータ化が進むだろうから、そうなってみると戦後の本なんて歴史的な価値は有しないだろう。
 そんなあきらめにも似た思いに駆られてしまう。未練がなくなりつつあるといってもいいだろう。
 何度も読み返したいものだけを手元において、あとは処分することに、遠からずなるんだろう。それが今月のことなのか、来月になるのか。
 本棚もひとつでじゅうぶん。
 そこまで整理できたら、ほかのモノにたいする所有したいという感覚も変わるのかもしれない。
 そのときには、またそのときの思いを書いてみることにしよう。

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