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2011.02.14

日々を記録するということ - ライフログってなんだろう?

 実は今年に入ってから、DAYTUM をやっていた。ってちょっと表現がおかしいな。DAYTUM のサイトを利用して、毎日集計できるものを記録してみたのだ。
 それでなにがわかるかということの前に、ライフログ的なことっていったいどんな効果があるのか身をもって知りたかったということの方が先だった。それでとりあえず一ヶ月ログを残してみた。たとえば飲み物だったり、あるいはシャッターを押した回数だったり、まぁ、個人的にこれは数値として残せるよな、と思えるものを残してみた。

 それでぼく自身の一月がわかるのか、と自らに問いかけてみたんだが、どうもそういう訳でもなく、そもそもそういうスタイルでログを残すということに、もしかしてぼくはなんの意味も見いだせないかもしれないと思いはじめ、二月に入ってからいったん記録することを止めてみた。
 止めたことでぼくの生活が変わったのか?
 あるいはぼくのなにかに影響は出ているのか?
 過去を記録することで、ぼくの未来になにかいい影響を与えてくれるのか?

 正直、よくわからないんだよね。
 記録するということの意味が。そしてその意義が。
 断捨離じゃないけど、ともかく身軽になるつもりでいることを考えると、真逆のことなんじゃないかとさえ思えるのだ。生活のログを残していくことと、断捨離していくこと。

 もちろんそんな簡単に答えがでる問題じゃないだろう。
 だいたい、もう十年以上も Web 日記を残しているわけだし、そういう意味では過去の記録を残すことにじゅうぶん執念を燃やし続けてきたわけだしね。
 でも、数値化をしたり、あるいは記憶に繋がるものをすべて残したり、積極的に集めて保存する気にはなれないと思う。
 だからこそ断捨離という考え方を実践してみようとしているところだからなぁ。

 捨てるということ。そして、なにを捨てるのかということについては、まだまだ考えが整理仕切れていないのかもしれない。
 ただ、DAYTUM に記録するという意識を持つことで、日々の生活を律することはできるかもしれない。そういう目的で使うのはひとつの方法なのかもしれない。それはちょっと感じている。

 ということで、答えが出かかっていて出ない問題を抱えているわけだ。
 まるで夏休みの宿題を、いや、この季節だと春休みかな、宿題を出された学生みたいな気分になっている。やれやれ。

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