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2010.03.03

アジア杯最終予選 vs バーレーン

 先日読んだ「世界が指摘する岡田ジャパンの決定的戦術ミス」に書かれていたことを頭に置いてテレビで観戦。
 そのうえで気になったことをいくつか書いてみよう。
 まず、サッカーの試合時間は 90 分だ。この意味を、このチームは知っているのだろうか? 岡崎の不必要なアタックがやはり目立つ。なぜそこまでして、ボールに寄せる必要があるのか? そんなシーンが何度か見られた。そのおかげで相手のパスがブレることもあるだろう。しかし、自らが疲労してペナルティエリアの中で仕事ができなかったとしたら、そのアタックはほんとうに必要なものなんだろうか?
 後半、相手の足に引っかかってエリアに入ったところで転んでいたが、もし疲労度が軽かったら、あのシーンで踏ん張れたのではないか? あのシーンを観て頭によぎったことだ。
 これから、たぶん何度も必要があるのかどうかわからない「走り」のシーンを、このチームでは観ることになるだろう。なぜ「走る」のか、考える必要があるということを、思い出して欲しい。ただ反射的に走っても意味はない。

 小学生チームのコーチをやっているときに、両サイドバックはつるべの動きという教え方をしていた。
 簡単にいうと、左サイドが上がったら、右サイドは一緒に上がらず、むしろ下がり気味でやや中に絞ってボールの動きを見るということだ。ごくごく常識的動き方、のはずなんだが、このチームではそういう常識は通用しないらしい。
 左サイドが上がったら、右サイドも高く位置取りして、残るディフェンスは二枚になる。どうやら、これがこのチームの守り方のようだ。ゾーン・ディフェンスという考え方はいっさいしないようで、マンツーマン、もしくは相手よりも一枚多く残すということらしい。
 ぼく自身サッカーを熟知しているわけではないけど、こういう守り方をさせていたのはせいぜいジュニアユースまでだったと記憶している。それとも、ぼくの考え違いだろうか? これがモダンサッカーの守り方なんだろうか?

 これがどういう結果を招くか想像するのは簡単だ。トップとほぼ同じ位置に、ボールが動いているにも関わらず右のサイドバックが残っているために、中盤でボールをカットされると、簡単にそのサイドを相手に破られてしまう。この日の前半に、そんなシーンがあった。まったくサイドバックの戻りは期待できない。残ったセンターバックふたりで、どう対処するのか? このシーンがオランダ戦で再現されたら、もちろん失点を覚悟しなければいけない。
 このシーンは、この日だけのことではない。どの試合でも見られるシーンだ。
 それでも、元ディフェンダーの指揮官はこの動きを修正する意思は、哀しいことにないようだ。
 後半、ボールがどこにあるのかわかっているのか怪しいんだが、前線に独り残る内田の姿がテレビ画面の端に何度も見られた。やれやれ。

 ひとつひとつ上げていくときりがないので、あとは別の試合のときに書いてみることにしよう。
 ともかくサッカーはまず失点しないことが前提でなければいけないと思う。点を入れる喜びを経験させたい小学生ならいざ知らず、国を代表するチームが得点しました、けどそれ以上に失点しましたでは話にならない。まず、しっかりと守って、それから点を入れて勝つ。そういう意味では、このチームの戦い方はとても心許ない。
 いまは選手の個々の能力で戦っている。それがなんとか格好がつくのは、対戦相手がアジアのチームだからだ。この日の対戦相手はベストメンバーではない。相手のミスでずいぶんディフェンスという意味では助かっている。そういうことを割り引くと、この 2-0 というスコアにどれほどの意味があるのか。もっと真剣に考えるべきだろう。
 そうすれば誰も「ベスト 4」などという世迷いごとなどいえないはずなんだけどなぁ。

 代表チームのサッカーは、その国のサッカーの文化度を表すものだとぼくは考えている。そういう意味では、日本のサッカー文化はこの程度のものだと思うしかないんだろう。やれやれ。

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