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2009.04.15

新・井沢式日本史集中講座-1192作ろう鎌倉幕府編

新・井沢式日本史集中講座-1192作ろう鎌倉幕府編  今年の 8 冊目。井沢 元彦「新・井沢式日本史集中講座-1192作ろう鎌倉幕府編」読了。
 これまで「井沢式『日本史入門』講座」として五巻まででていたシリーズの続編なんだそうだ。新シリーズと銘打っているけどコンセプトも同じでそのテイストもほぼ一緒。なぜタイトルが変わったのかというと、前巻まで主に「古代」をテーマにしていて、ここから読むはじめても内容は理解できるからということなんだそう。
 なんだかややこしいなぁとは思うけど、まぁ、井沢元彦の本はなんの躊躇もなく買うことにしているのでどちらでもいいけどね。それにしても「1192 作ろう」ってサブタイトルはどうかと思うけど。

 彼の本で日本史を勉強すると、その底辺に日本人らしさとはなにかということをベースに考えて歴史を見ていかないと、それは単なる記憶の科目になっちゃうし、またほんとうの意味で歴史を知っていることにはならないということに気がつくと思う。
 どうして世界中で王朝交代が起こると、前代の座についていたものはその末席に至るまでほとんど間違いなく抹殺されるのに、なぜ日本だけが朝幕併存体制を維持できたのかとことが今回の話のメインになっている。これ「井沢式『日本史入門』講座」の五巻目と内容的にはダブっている。ただ、この本では日本人らしさってなんなのかを考えるヒントが最後に出てくる。
 その一つが、日本人は法を曲げても納得できる解決方法をよしとする、というところ。その例として、大岡越前の「三法一両損」の話が出てくるけど、確かにそういう側面はあるよね。「和」と「ケガレ」とそしてこの「納得感」とでもいうのか、たぶんちゃんとした単語を次巻では当てはめるんだろうけど、というか、ぼく的な言葉で言えば「清い」ということになるんだけどね、この三つが日本人らしさを形成している共通項なんじゃないかというところで今回の締めくくられている。

 今回、俯瞰的に見て権力がどう移っていったのかということがよくわかった。もちろん最初は天皇がなんだが、それを藤原氏が関白として実質的な権力を握るようになり、それを取り戻したのが院政だったわけだ。上皇は行政機構の外の存在だから、関白の意見など無視できるという理屈。それが武士の台頭というよりも武力によって征夷大将軍が実質的な権力を握ったので幕末に大政を奉還することになることに繋がっていく。
 なんか、こういう習い方をしなかったよなぁ、学校では。
 あと個人的になるほどと思ったのが、なぜ日本では「ベッド」で寝る習慣はなかったのかという点。確かに中国ではベッドで寝るのでその習慣が日本に伝わってもおかしくはないのに布団を使ってきた。ここでは「ベッドを置いてしまうと「私はここで寝ます」ということがみんなにわかってしまうからではないか」ということで説明されているけど、もうちょっと突っ込んで考えた方がよさそうだと個人的には思う。「ケガレ」やなんかの感覚とどこか通じるものがあるんじゃないか、みたいなね。まだぼく自身にもよくわからないけど。
 ということで、次はまだ武士の世界の話がメインなんだろうなぁ。それはそれで楽しみだけどね。

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