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2009.01.21

井沢式「日本史入門」講座 ( 5 )

井沢式「日本史入門」講座〈5〉朝幕併存と天皇教の巻  今年の 2 冊目。井沢 元彦「日本史入門 講座 ( 5 )」読了。
 実は、まだ読むつもりはなかったのにパラパラとページをめくっていたら、いつの間にか読み終えてしまった。このシリーズって、年代を順に追いながら日本史の特徴的なテーマを語っていることに、いまさらながら読んでいて気がついた。今回は、武士の台頭ということで平安末期から鎌倉幕府成立までの時代をベースに、朝幕併存がなぜできたのかを説明している。
 相変わらずキーワードは「ケガレ」である。

 「ケガレ」を嫌悪するために軍事も警察力も結局放棄してしまう朝廷。そのために自衛手段を持たざるを得なくなり、結果として台頭していく武士集団。このあたりは「逆説の日本史」でもよく語られていることなんだが、日本的というよりは、世界史には例のない流れである。国を治める側が軍事力も警察力も手放すことはありえない。手放した瞬間に他の国や集団に取って代わられるからだ。なのに、日本ではそれが当然のこどく行われ、それが行われたことをことさら意識することなく日本史を学んでいる。
 そういう意味では、歴史ってのは常に世界史の流れの中で学んだ方がより理解が深まるというか、日本の特徴がわかりやすいと思うんだけどね。

 今回、特にああそうなのかと思ったことが、なぜに頼朝が「征夷大将軍」に拘り、「幕府」でなければならなかったのかということだ。
 朝廷に用意されている他の位では、自分が統治を任されている地域に対して「徴兵権」「徴税権」「立法権」「裁判権」を持つことができず、すべてにおいてお伺いを立てる必要がある。が、征夷大将軍の場合は、もともと東征のために作られたポジションであり、そのために前記の権利を持つことができる。要するに朝廷が統治していない場所に軍事的拠点を作るための位だからだ。なるほど。
 朝幕併存ができた大きな理由は、天皇は日本の代表者ではなく、象徴的な意味合いをその地位の誕生した時点から併せ持っているためではないかと言及している。確かに、宗教的な側面からいっても頷ける。もしかしてイギリスも形態としては近いのかもしれない。世界史では前政権の関係者はすべからく抹殺されているにもかかわらず、日本では天皇家は倒されることなくそのまま存続してきたということだ。もちろん、政権ということで考えれば、たとえば家康は豊臣家を根絶やしにしている。日本でも、前政権は抹殺されることは自明の理ではあっても、天皇家だけは別の存在、つまり象徴的意味合いがあったために併存が可能だったということだ。

 このシリーズは「逆説の日本史」よりもわかりやすく書かれていて、ポイントを掴みやすいのはいいんだが、こう簡単に読めてしまうというのもちょっとねぇ。まぁ、読み応えは「逆説の日本史」でいうことでいいのかもしれないけど。

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