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2008.12.27

テレビの最後の日

 別段、なにかあったからということはないんだけど、内田樹の blog でも、平川克美の blog でも、「テレビの時代は終わるだろう」という内容の話になっているのになんとなく刺激を受けたということだろうか。ちょっと、ぼくなりの考えを書き連ねてみよう。
 ぼくがテレビの仕事に携わったのは、もう 30 年も前のことになる。いや〜、そうやって考えるとかなり昔のことなんだね。一年間、局付けの AD をやって辞めた。その頃、AD を同じようにやっていた知り合いの中には、某番組を手がけるプロデューサーになっているやつもいる。でも、ぼくは辞めた。
 その大きな理由はテレビ番組の制作があまりにも一過性すぎたからだ。
 当時、ビデオといってもまだ U マチックしかなく、ビデオが普及するなんて想像もできなかったこともある。U マチックってのは、3/4 インチの幅のビデオテープを使った規格だ。このあと流行したβマックスや VHS は 1/2 インチの幅だ。ちなみに、この頃、局では 2 インチのテープを使っていて、1 インチはまだ画質の点で使えないとされていた。なにせ、遙か昔のことである。
 とにかく番組を OA すると、一定時期をすぎればマスターはすべて消磁していた。要するに流しっぱなしということだ。
 それでも一応他の手段を使って、たとえばフイルムに起こしたり、3/4 に落としたりそれなりにバックアップはとってあるはずなんだが、モノを創るという姿勢からは離れている気がしたのは確かで、下っ端の AD でしかなかったぼくが失望を感じたことは確か。金も人もなにもかも使い捨てといってしまってもいいのかもしれない。とりあえず、OA 第一主義みたいな感じだった。

 ところが録画できるようになると番組の持つ意味合いが少しずつ変化してきた。
 もちろん、ぼくは外から見ることしかできないわけだから詳しいことはわからない。けれども、録画して見られるということになると必ずしも OA の時に見なくてもいいということになる。これがどういう結果を最終的に招くかというと視聴率の崩壊を意味する。その時に見て欲しい CF を必ずしも見てもらえないかもしれないということになる。広告を取るためのデータとして欠かさざるべき数字だった視聴率の意味が薄れると同時に、他のエンターテインメントが成長してきたせいで、実質的にも視聴率も低下していくことになる。
 また、テレビ局にとっていまから考えれば致命的だったのが、この頃に、制作がほぼ下請けにすべて移行していったことだろう。
 テレビ局は下請けが作った番組を放送することで広告収入を得るだけの存在になっていった。

 しかし、時代は変わる。ケーブルテレビといった他の経路でコンテンツが見られるということもあるんだろうが、トドメといってもいいのが、やはり IT の台頭だろう。これでたぶん「コンテンツ」というものに対する考え方が、それまでの OA 中心の番組作りとはまったく違うものになった。
 当然、そうなると基本的なビジネスモデルをテレビ局側は変えざるを得ない。それまで特定の企業が多額の資金を投入して作ったコンテンツを同時に視聴する形だったものを、質のいいコンテンツをいつでも視聴できる形で提供する形に変えることだ。アメリカでいえば、多額の資金を制作サイドが用意して作り、多チャンネルで販売して回収する形に変わっていった。だから、TSUTAYA に大量のアメリカ初のテレビドラマの DVD が並ぶことになる。
 アメリカにはハリウッドがあるのでこの形式でコンテンツを創っていくことができる。しかし、日本にはそれは無理だ。だいたいまともなコンテンツを創る力がすでにない。であれば、僅かな資金を積み上げて、いつでも視聴できるモノを創るということを考えざるを得ない。それは、Google などのインターネットでの広告収入のモデルなんかを参考にすればいいだろう。いままで一社が一億円提供していたのを、一億の会社が一円ずつ出し合うといったイメージだ。一億の会社が無理なら一万でもいい。一万の会社が一万円ずつ提供すれば、同じ金額を用意することができる。
 収益モデルをガラリと変える必要がある。

 とはいっても、いまのテレビ局には、モノを創る力自体がほとんど残っていないから、いくら収益モデルを変えてパチンコとサラ金頼みの広告収入から脱却すべきだと、たとえわかっていてももう身動きができないだろう。
 視聴する立場のぼくからすれば、テレビの受像器というものが現実に家にあるわけだけど、必要な放送局は、NHK とスカパー!だけといってもいいだろう。コンテンツはスカパー!で、見たいものを見たいときに見ることができるし、それ以外に必要なものといったらせいぜいが NHK のニュースぐらいのものだ。テレビになにを求めているのかというと、質の高いコンテンツとニュースということになる。それ以外の、たとえば番宣だらけのワイドショーだったり、なにがおもしろいのかよくわからないバラエティや、バカが恥ずかしいクイズなどといった番組を、個人的には見たいとは思わない。一日はそんなに長くはないのだ。それ以外になにかコンテンツを楽しみたいときは Mac とインターネット、それに本があればいいということになってしまう。
 だから我が家の事情からすると、もしかするとアナログ放送の停波する 2011 年 7 月 24 日が個人的にはテレビの最後の日になるように気がしている。

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