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2008.08.17

逆説の日本史 15

逆説の日本史 15 近世改革編 (15)  今年の 45 冊目。井沢 元彦「逆説の日本史 15」読了。
 帰省中に読もうと思って買ったんだが、20 ページほど読み残してしまったので今日読み終えることに。時代的にはちょうど江戸の真ん中といったところで、新井白石や吉宗、松平定信について主に書いてある。このあたりの日本史をぼくは詳しく知らなくて、というか高校の日本史って当時の資料なんかをいっぱい使って妙に細かい試験問題が出たりして辟易していたので、勉強する気になれなかったのだ。だから松平定信という名前は知っていても、というかあの肖像画だって記憶にあるけどなにをしたのかさっぱりわかっていなかったりする。
 吉宗は目安箱だの小石川養生所だのといった善政が記憶にあったのだが、経済がまったくわかっていなかったということははじめて知った。なるほど米価で苦しんだということは朧気ながら記憶にあったけど、ってもしかしたらテレビドラマで見たのかもしれないけど、よく考えれば米本位制自体が矛盾しているよなぁ。
 米を一杯作れば備蓄できるけれど「商品」としての米の価格は安くなるわけで、だからといって「貨幣」としての米の価値が下がると困ることになるわけで、じゃ米を減産すればいいのかというと、今度は食べるのに事欠くし備蓄などとてもできない相談になってしまう。だったら金なり銀なりの本位制にすればいいのに、儒教を信奉しているからそれもできない。殿様では実体経済に精通することができないという矛盾がここらあたりによく現れている訳なんだね。経済に関してはただのバカ殿だったと。
 しかしその孫の定信がそれに輪をかけたようなガチガチの儒教信奉者だったということで、そりゃ経済はメタメタになったのも頷ける。
 しかしこの定信の時代に尊王論の萌芽が芽生えていて静かに社会に行き渡りはじめ、それが幕末へと繋がっているとは知らなかったなぁ。もしかして江戸時代に儒教に傾倒したお陰で明治時代にはその影響下から脱することができたのかもしれない。だからこそ西洋化が一気に進んだんだろう。
 とはいえ、いまだに額に汗して働けなんていっている人がいるということは、どこかに残っているんだろうね。儒教の商売を蔑視する風潮という奴が。ほら楽して儲けるのは罪だっていう人がいるでしょ。まるで吉宗か定信みたいで頭の中がまだ近代のというか江戸時代のままということなのかもね。

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