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2008年4月

2008.04.30

天使に見捨てられた夜

天使に見捨てられた夜 (講談社文庫)  今年の 27 冊目。桐野 夏生「天使に見捨てられた夜」読了。
 途中でなんだか読み進めるのが嫌になってしまった。なぜかというとそれは主人公の村野ミロが簡単に男に惚れちゃうからでしかも関係まで結んでしまうからで、でもそれでなぜ嫌な気になるのかというとやはりそれはぼくが男だからということなんだろう。小説の登場人物といえどやはり女性には基本的に恋したいといったような、男だけのわがままな感覚があるからなんだろうね。それは前作でも感じたことなんだけど、女の立場からしたらそんなこと知ったことじゃないということになるのかもしれない。
 それでもなぜけっこうなスピードで、というのは実際には二日間、しかも新潟往復の時間だけで読み終えてしまったのは、ストーリー展開がおもしろかったからに他ならない。しかも読み終わったときに「ああこれはやっぱりハードボイルドなんじゃないか」ということに思い至って、だったら村野ミロがああやって駄目になるかもしれない関係を欲してしまうのかが理解できてしまった。そうなんだよ、ハードボイルドだから主人公はやはりちゃんと汚れなきゃいけないんだよね、いろいろな意味で。しかもなおかつそこから這い上がるタフさがなきゃいけない。
 ということで、読み終えてはじめておもしろさがわかって、そして、とてもやりきれない気分になって、いや読んでよかったなどと思ったりするわけだ。
 ぼくの好みではないけれど、おもしろかった。ということで、もうちょっと桐野夏生を読むことになりそう。

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2008.04.29

久しぶりの休日

 よく考えたら今月初めての休日。
 別に仕事命というわけではないけれど、踏ん張りどころというタイミングなのでこうなってしまった。土日はず〜っと新潟だったもんなぁ。
 いやいや仕事をしているわけではないし新潟にいくのも楽しみだったりするので問題はまったくない。

 その昔は天皇誕生日だったわけで、それがいつの間にかみどりの日になって、カレンダー調べてみたら昭和の日になっている。だからなんだというわけではないけれど個人的な話をさせてもらえば結婚記念日だったりする。目出度いのか目出度くないのかと問われれば、とりあえず目出度いと答えておこう。でないとどこかからなにか危ないものが飛んできそうだし。

 午後、奥さんと地下鉄で横浜へ。
 買い物なんかをしたあと日吉に戻り、家の近所にあるの回転寿司屋へ。
 しかしなんだってこの店はこんなに並んでいるんだろう? 並んでまで食べたいという気が、実はよく知れない。ぼくは駄目なのだ、こういうのは。だいたい並んでいる間に食欲って減退しない? 日吉駅に着いたときはぺこぺこだったお腹が、実際に席に着きいざ食べられるとなるとなんだか萎んでしまったような気になるのはぼくだけだろうか? 
 それにね、待っている行列を横目で食べるというのもあんまり好きじゃないんだよなぁ。いろいろな視線を感じてしまい落ち着かないのだ。なんとなくお尻のあたりがむず痒くなるというか、並んでいる人の動向が気になっちゃうというか。
 ということで生ビールを呑みながら適当につまむ。
 そうそう、ビール以外には日本酒しかないというのもちょっとなぁ。せめてウーロンハイぐらい呑めるようにしてくれてもいいんじゃないの? って、飲み屋じゃないからそういうわけにもいかないのかもね。呑める酒の種類が増えると居座る客が出てきちゃうかもしれんしなぁ。

 家に帰ると焼酎を呑みなおし。
 休日をしっかりと楽しんだのかと問われれば、いや申し訳ないと謝ってしまいそうな一日だった。やれやれ。

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2008.04.28

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲  五月の一枚目。実は 30 日から 2 日まで出張なので CD を買うことができない。だって新潟のどこに CD 屋があるのか知らないし、よしんば見つけたとしてクラシックの CD が、それも EMI のシリーズが並んでいるのかどうかわからない。しかもぼくが使っている MacBook Air は DVD ドライブがないのでたとえ買えたとしてもリッピングすることができない。ということで、完全にフライングなんだが本日購入。
 ナイジェル・ケネディ、クラウス・テンシュテット指揮、北ドイツ放送交響楽団「ベートーヴェン : ヴァイオリン協奏曲」である。
 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はこれで三枚目になってしまう。一番好きなヴァイオリン協奏曲なのでそれはそれでいいだろう。特に、第二楽章の出だしのところが大好きなのだ。あのメロディーを聴いているだけでなんだが大草原に吹き渡る風を全身に感じるような気持ちになってしまう。風に揺れる草の音が、それもとても心地良い音が聞こえてくるようなそんな気になってしまうのだ。
 一枚目は、まだクレンペラーを集めていた頃だから 2006 年に買っている。クレンペラー指揮でメニューインが弾いている。なかなかいい感じの演奏ではあんるんだが如何せん録音の状態がお世辞にもいいとはいえず、そういう意味では聴けば聴くほど欲求不満になりそうになっていた。
 ということで去年、ジュリーニ指揮、サルヴァトーレ・アッカルド演奏のやつを購入。ず〜っとこれを聴いていた。もろちんどこかに不満があったわけではない。けれど、去年の終わりぐらいからケネディが演奏するメンデルスゾーンやブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴くようになって、どうしても彼のヴァイオリンでベートーヴェンが聴いてみたくなってしまったのだ。
 ということで購入。しかも指揮はテンシュテット。ブラームスのヴァイオリン協奏曲の指揮もテンシュテットだったのでこれは楽しみ。それも 1992 年のライブ版。テンシュテットが喉頭癌の治療を続けながら演奏をしていた頃のもの。
 演奏はともかく素晴らしいのひと言。ケネディのヴァイオリンも素晴らしいがテンシュテットの指揮もまた素晴らしい。思った以上にテンポがゆっくりなんだがそれかせまたよろしい。クラシックを聴いているとなぜかふっとした瞬間に心がなにかとても光輝なものに触れたような感じで涙が出そうなぐらい感動することがあるんだが、この CD でも泣きそうになりました。いや、いいわ。
 ちなみにカデンツァなんだがジャケットには第一楽章はクライスラーと表記されているんだがライナーノーツを見るとすべてケネディのオリジナルを使用していると書かれていた。確かにいままで聴いていたヴァイオリン協奏曲はクライスラーのカデンツァばかりだったので新鮮でいい。
 そうそうジャケットがクラシックにしてはちょっと洒落ている。これもいい感じ。

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2008.04.27

ちょっと考えよう

 3 時過ぎに出張先から帰宅できたので、夕方ジョギング。
 今月走るのはこれで三日目。土日が出張で潰れてしまっているからということはあるんだけど、さすがにこれは少ない。少なすぎるぐらい少ない。走ってるなんて人様にいえる状態ではないよな、これじゃ。
 しかも、30 分 JOG と 40 分 JOG しかやっていないから怠けているじゃないかといわれたら返す言葉もない。
 ということで今日は 60 分 LSD。
 ペースはともかくまずは一時間しっかり走らなきゃいけないだろうということで 1km 6 分 15 秒ぐらいのペースでいこうと走りはじめる。
 やっぱりさぼっていたからか、40 分過ぎたあたりで足に軽い張りを覚えたけれどなんとか 60 分走りきることができた。結局、10.38km を 60 分 4 秒。ということは、1km を 5 分 47 秒で走ったことになる。そんなにスピードを意識したわけではないんだけど、なんだってこういうペースになるんだろう? 予定よりも 30 秒近くも速く走っちゃってるもんなぁ。
 ペースにきちんとメリハリをつけるべきなんじゃないだろうか。それに走る日にちを増やさなきゃ。5 月になったらちょっと落ち着くと思うので、そのあたりじっくりと考えることにしよう。

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2008.04.25

顔に降りかかる雨

顔に降りかかる雨 (講談社文庫)  今年の 26 冊目。桐野 夏生「顔に降りかかる雨」読了。
 なぜだろう。桐野夏生の本を読んだのはこれが初めてだ。理由はよくわからない。確か「OUT」だったか、話題になった頃に読んでいても不思議はなかったんだがなぜか手が伸びなかったなぁ。ということで、彼女のこともまったくといっていいほど知らなかったんだが、ぼくよりも 4 歳年上なんだね。なるほど。30 歳代の始めに第 2 回サンリオロマンス賞に佳作入選、小説家としてデビュー。ロマンス文学やジュニア小説、マンガの原作なんかを手がけていたんだ。
 ということでこの「顔に降りかかる雨」が「桐野夏生」としてのデビューでもあり、推理作家としてのデビューでもあり、第 39 回江戸川乱歩賞受賞作でもあるわけか。

 ということで、まったくどうしてなのかはよくわからないけど「小説」が読みたかったはずなのに手に取ったのは「推理小説」だった。
 この人の場合、描写が凄いとか文章がいいとか雰囲気が堪らないといった感じてはなくてこれは女性が主役のハードボイルドタッチだからおもしろかったのかもしれない。ほら、どうしてもハードボイルドとなると「男」だったから。また取り上げるテーマが独特だということもある。この人なりの嗅覚がきちんと時代を捉えているということなんだろう。だから単行本が出たときに読めばもっともっと時代性といったものがおもしろさを倍加してくれるんだろうなぁ。そういう意味ではちょっともったいないことをしたのかもしれない、ぼくは。
 いや、でもなかなかおもしろかったのでちょっと続けて読んでみるつもりになっている。

 本人の公式 Web サイトにインタビューが載っているんだけど「主人公が、親友を殺した男とベッドインするところ ( 実際は果たしていないのですが )。この箇所をあれこれ言われた記憶があります」はなるほどと思ってしまった。男ってのはどこまでいっても「女性」に清純さだったり純血といったものを求めてしまうのかもしれない。いやぼくだって読んでいてあまりいい気持ちはしなかったもの。まぁ、それはぼくが単なる俗物でしかないということなのかもしれないけど。
 でも本を読むことで自らの「俗物ぶり」を知るというのもなんだねぇ、まぁそれがぼくなんだから仕方ないというか、やむを得ないというか、なんていえばいいんでしょう?

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2008.04.22

ホテルでのセッティング

MacBook Air と USB ハブのその他  出張慣れした。
 だって今月に入って毎週土日は新潟に出張しているんだからそりゃ当然慣れるのが普通。
 鞄に入れる配置までほとんどいつも同じようになっている。
 出張するときに持ち歩いているのは、MacBook Air と iPod 5G に iPod touch、それと電源アダプタ、携帯用のスピーカー、 USB ハブ、USB Ethernet アダプタ、iPod 用の USB ケーブル、携帯電話用の USB ケーブルと eneloop mobile booster。ちょっとしたものだ。
 今回は京都出張で夜中まで呑んだくれることもなく映画を観る時間がありそうだったので、iPod 5G のかわりにポータブル HDD を持っていくことにした。

 で、ホテルに着くなりすぐにセッティング。
 まず、MacBook Air と電源アダプタをセットしてから、USB ハブを接続、そこに USB Ethernet アダプタと携帯用のスピーカーを繋ぐ。USB ハブは三ツ口なので残りのひとつに iPod 用の USB ケーブルを繋いで充電することができる。
 ただし、この USB ケーブルを繋いだまま携帯用スピーカーを iPod に繋ぐとなぜかノイズを拾ってしまうので音楽を聴くときには外してしまう。
 MacBook Air の iTunes で音楽を聴けばいいんだろうが、HDD の容量が少ないので iTunes のデータはポータブル HDD にすべて入れてある。これを繋いで作業すればいいんだろうが、この HDD は電気をけっこう食うらしくハブになにか他の器機が繋がっていると動いてくれない。USB Ethernetアダプタでも駄目なので、メールのチェックをしながら iTunes の音楽を聴くということができない。だから iTunes で映画を観るときにはネットの接続は諦めて HDD だけを繋いで観ることになる。まぁ、出張中なんだから夜ぐらいメールのチェックをしなくても大丈夫だしね。ほら緊急の場合は携帯に電話が入るだろうし。
 ということで、作業をするときには iPod の音楽を聴きながらということになる。
 iPod のバッテリー残量が心許ないときは新幹線に乗っている間に eneloop mobile booster で充電してしまうことにしている。もっとも前の日にちゃんと充電しているので心許なくなることはたぶんない。だから eneloop mobile booster は携帯電話だったり、携帯用のスピーカーを単独で使うときのために使うことが多い。 eneloop mobile booster をスピーカーに繋げば、このスピーカーと iPod だけでも音楽を聴くことができるからね。

 しかしなんだ、出張先のホテルでスピーカーから音楽を流して聴くやつなんて他にいるんだろうか? よく考えてみればちょっとやり過ぎのような気がしないでもないなぁ。まぁ、これが習慣になっちゃってるからぼく自身はなんとも思わないけど、ね。
 快適なホテルライフといっちゃうとけっこう大袈裟だけど、出張先でもメールの確認だけじゃなくて、今日なんかもそうだったけど見積もり作ったりドキュメント書いたりすることもあるわけだからそれなりに環境は整えたいよね。
 ということで、いまの悩みといえば携帯用のスピーカーだとさすがにちょっと音が貧弱だよなと思い始めていることぐらいだろうか。ほら、SONY のヘッドホンにしたらけっこういい音がするわけだから、どうしてもプアな感じがしちゃうんだよね。
 とはいっても重いのは嫌だしなぁ。

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3分で人を見抜く

3分で人を見抜く  今年の 25 冊目。野中 聖治「3分で人を見抜く」読了。
 ちょっと小説にも飽きたしというか「たまには息抜きながら読める本もいいか、しかも新幹線で読むんだから手頃なやつの方が気楽だし」ということで買った本。
 まぁ、その通りさくっと読めてしまった。京都に着く遙か手前で読み終えたから一時間半もかかっていないかもしれない。
 内容が格別おもしろかったわけではなく、人と付き合うことが多くなった今日この頃、というかここ数年、いやこれからも当分はそういう仕事をすることになるわけだから、ちょっとでも役に立つことがあればと思って読んでみた。特別、凄いことが書いてあるわけでも、あっと驚くことが書いてあるわけでもなく、ごく当たり前の話がきちんと書いてあった。
 まぁ、ある程度予想していたことではあったけどね。
 最後の章にいろいろな人のインタビューが載っていたんだが、その中のひとりにパーティの達人という人がいて、とあるところで小沢一郎と握手をしたときの感想で「あんなに握手が上手い人は初めてでした。〜 政治家の人はやっぱり人の心を掴むのが上手いなと思いましたね」という話をしているんだが、それが一番印象的だったなぁ。亀和田武じゃないけど、やっぱり人ったらしっているんだなぁと。人を見抜くこととは関係ないけどさ。

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2008.04.21

かりんとうを買いにいった帰り道

 銀座にかりんとうを買いにいった。
 明日、京都に出張するんだが、その際に訪問する会社へのお土産である。ありきたりのものをお土産にしてもつまらないし、前回は NOKA のチョコレートを持って行った手前、なにか工夫しないと一発屋みたいな感じになってしまう気がして、いろいろ考えた末である。
 とはいっても銀座でかりんとうだけしか扱っていないというのもなかなかである。
 食べてみるとわかるのだが、これがなかなか上品な甘さでとても美味しい。まったく辛党のぼくでも食べられるぐらいだからその控えめな甘さ加減がわかろうというもの。

 かりんとうが入った紙袋を下げて銀座線に乗って会社に帰ることにした。
 銀座から京橋に向かう途中、ドアのところに立っているぼくの顔がガラスに映っていた。頭を丸めたそのぼくの顔をぼんやりと見ていて、ふと、ああそうか、いまこのまま死んでもそんなに未練が残る感じはしないな、と思ってしまった。なんだかとても不思議な感覚である。
 満足しているわけではない。けれど、なんだかやれることはやっているから、そこまで執着はしないといえばいいんだろうか。その瞬間、生と死の垣根がとても低く感じたといえばいいんだろうか。いままでに感じたことのない感覚だけに自分でも自分に説明しきれないんだが、とてもごく当たり前にいまなら自分の死を受け入れられそうなぼくがそこにいた。

 人生にまだまだ納得もできていないのになんなんだろう、これ。
 ただ歳を取ったということなんだろうか?
 自分で自分の感覚を上手く処理できないというのはなかなか珍しいことではある。
 いやそれが恋愛感情だったら自分の気持ちを持て余すということはままあることで若い頃にたっぷり味わったからよくわかるんだが、死に対してなんだかとても自然にそのまま受け入れてもいいや、なんて気持ちになることがあるということに正直驚いてしまう。
 人って、自分の心の底に湧く感情をコントロールするとか以前に、そんな感覚があるなんて知らなかったよ、という状態になることがあるんだねぇ。
 いや、そんな状態になるんだって知らなかったよ、という状態になるなんて知らなかったよ。

 なんてことを考えながら途中で東西線に乗り替えて会社に戻った。
 もちろん会社にいるときはいつもの自分のはずなんだが、でもそれってほんとうにいつものぼくなのかどうか実は判断できずにいる。考え出すとやっかいなことだな、これは。

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2008.04.20

久しぶりに走れた

 おかしな話だが、なのかちょっとバカみたいだけどなのか、自分でも判断がつかないんだが、このところ土日は出張続きで予定通りに走ったり泳いだりできていない。そうなるとなんだか不安になってしまうのだ。いままで通りに走れなくなったらどうしようとか、せっかく落ちた体重がまた元に戻らないだろうか、とか、ようやく締まりはじめた身体がまただらりと弛んでしまわないかと。
 実はいったん落ちた体重がこのところ 59kg で安定している。これは実は喜ばしいことで、ちょっぴり内臓脂肪が危ないんじゃないのと医者に指摘されたときの 63 kg が走りはじめて 57.5kg まで落ち、それが少しずつ増えて 59kg になったのだ。これは泳ぎはじめた効果だと思うんだが、上半身にちょっといい感じの肉がつき始めていてどうやら落ちる一方だった段階から安定期に入っているのようなのだ。
 このせっかく安定している身体の状態が走れなかったり泳げなかったりしている間に崩れてはしまわないかというのが、ともかく一番怖かったりする。
 ということで焦っているわけではないけれど今月はまだ今日を含めてたった二回しか走れていないのだ。しかも前回は 30 分 JOG。で、今回は 40 分 JOG。さぼってしまったからもしかしたら 60 分走るのはキツイかもしれない。と、まぁかように心配してしまうのである。そんなもの走っちゃえばなんとかなるんだろう。
 でもね、走っていてちょっとでもふくらはぎに張りを感じると、げっ、もうそんな状態になっちゃうの、ぜんぜん鈍ったちゃったじゃないという不安に襲われてしまう。そのまま走ってしまえばどうってことないんだけど、それでも身体のあちこちに耳を澄ませて、少しでもなにかあると、異変ではなくてほんとうに些細なことだったとしても、途端に心配になっちゃうのだ。

 ということでペースをあまり考えることなく 40 分走ってみた。
 結局、7.1km を39 分 57 秒。1km を 5 分 37 秒のペース。スピード的にはまったく問題なし。いい感じだと思う。問題はもうちょっと長い時間走れるかどうかだよね。走ってないからなぁ。できたら夏までに 90 分は走れるようになりたいんだけどね。
 とりあえずまず走る時間を上手に作ることから考えなきゃいけないよな。

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2008.04.19

アフターダーク

アフターダーク (講談社文庫)  今年の 24 冊目。村上 春樹「アフターダーク」読了。
 「東京奇譚集」を読んだときに、ああそういえばこれもまだ読んでいなかったなということで購入した。なぜいままで手に取らなかったのかその理由はまったくといっていいけどわからない。単にその気にならなかったということかもしれない。それが、いままでの村上春樹とは意識的に違う書き方をしていることと関係があるのかどうかもわからない。
 ぼくが思っている村上春樹とはまったくといっていいほど違う。それがいいことなのかどうなのかぼくにはまったく判断はできない。でもおもしろかったのかと単純に訊かれると、別にと簡単に答えることになるだろう。23 時 56 分から翌日の 6 時 52 分までに起こったことを、時間軸に沿って書いている。その時間に複数の場面で起こっていることを、一人称複数の視点で見ているような書き方をしている。まるで映像をそのまま文章にするような形で。

 最初の書き出しでぼくは途惑ってしまいあまりうまくこの小説の世界に入り込めなかったような気がしていたが、しかしいつまにかこの物語の中に深く入り込んでしまったようだ。もっと時間がかかると思っていたのに、実際に読んでいた時間はほんの数時間でしかなかったと思う。休日に読みはじめていたらその日の午後には読み終えてしまっただろう。
 それでも実は読み終えるまで途惑い続けたままだった。そのせいかまとまった形での印象はまだ持てずにいる。もしかしたら何度か再読してようやく、なるほどこういう小説だったのかとわかるんじゃないかと思っている。
 ただ、コオロギとマリが話している 15 章を読んでいて、とても個人的な思いについて考えさせられてしまった。もちろん、この章で語られていることがなんとなくぼくの心の中にあるなにかを刺激したんだろうとは思う。けれど、それ以上に上越新幹線に乗っていてしかもメンデルスゾーンなんかを聴いていたせいかもしれない。
 ちょっとセンチメンタルな気分に浸るにはなかなかの舞台設定だといえるしね。
 とはいえ、人と人との繋がりということについてなんだか考えさせられてしまったことは確かだ。

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2008.04.18

Web 見てたら

 ちょっと驚いたり頷いたりと Web 見てたらいろいろなことがあったりして。
 まず、栗本法子さんの顔を見ないと思ったら、ご結婚なさったそうで。うむ〜。
 で、面と向かってこういわれなかっただけでもいいかもしれないけど、ごもっともですという台詞。でもやっぱりちょっと……。まぁ、初心なだけじゃ生きていけないということなんだろうなぁ。って、おやぢがほざいても仕方ないけどね。
 ちょっと真面目な話なんだが、こういうことは知っていないといけないだろう。というかこういう事実を知らないでテレビでペラペラ喋るやつとか政治家だったりとかがいるけど、そういうのってどうなんでしょうねぇ。百害あって一利なしだよな。
 で、メインイベントがこれ。さすが内田樹。これはとてもよくわかる。なるほどヴォイスってこういうことなのね。勉強になります。というか講義をそのまま聴いてみたいよね、マジで。

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2008.04.16

東京奇譚集

東京奇譚集 (新潮文庫 む 5-26)  今年の 23 冊目。村上 春樹「東京奇譚集」読了。
 本屋の文庫本のコーナーで表紙を見て、そういえばまだ読んでいなかったなぁと気づいて読むことにした。
 どちらかというと村上春樹は長編小説の作家なんだという思いこみがあるせいか、あまり短編集を何度も読み返したりはしないのでさらりと読み飛ばしてきたように思う。ただ、今回は思った以上に引き込まれてしまったんだろう、読み飛ばしてはいないけど瞬く間に読み終えてしまった。
 どこに惹かれたのかはともかくぼく自身がこの歳になったからわかる話ばかりだったように思う。「偶然の旅人」しかり「ハナレイ・ベイ」しかり「どこであれそれが見つかりそうな場所で」しかり、全編が──この歳のぼくだからわかる──そんな気にさせてくれる内容のものばかりだった。それともこのところ個人的にあったいろいろなことが──いまのぼく──にしてくれたんだろうか? こればかりはなんともいえないなぁ。
 でも、この一冊は何度も読み返す初めての村上春樹の短編集になるかもしれない。それほどぼくの中の何かを揺さぶる話ばかりだった。
 そうそう余談だが「女の子とうまくやる方法は三つしかない。ひとつ、相手の話を黙って聞いてやること。ふたつ、着ている洋服をほめること。三つ、できるだけおいしいものを食べさせること」というサチの台詞と、「男が一生の間に出会う中で、本当に意味を持つ女は三人しかいない。それより多くもないし、少なくもない」という淳平の父親の話には納得してしまった。
 いや、それはやはり──いまのぼく──だからなのかもしれないけど。

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2008.04.15

カラダ革命ランニング

カラダ革命ランニング マッスル補強運動と、正しい走り方 (講談社+アルファ文庫 C 118-1)  今年の 22 冊目。金 哲彦「カラダ革命ランニング」読了。
 実は単行本の方を買おうかと思っていたんだがひょんなことから文庫版を見つけたのでそれを購入。去年読んだ「「体幹」ランニング」とその核の部分はほとんど同じなんだが、この本ではもうちょっと全般的なことにも触れていて、しかもいろいろなタイプのランナーについての練習方法や目的の設定なんかが書いてあるのでぼく的にはとても参考になった。故障について説明があるのも嬉しい。
 また、改めてこうして読んでみて「体幹」を使うということはどういうことなのかということが理解できた。身体全体の筋肉を総動員するから、足だけでの走りとは違って距離も延ばせるしスピードも出せてなおかつ故障しにくくなるんだということである。
 だからふだんから体幹を使って走るための姿勢を意識しなければいけないわけだ。もうちょっと胸を開いてちゃんとした立ち姿勢がとれるようにならなきゃいけないかもしれない。
 走りはじめてもう五ヶ月ほどになるだろうか。この頃では走れない日が続くと不安になるぐらい走ることが習慣化してしまっている。ということで、これからは土日だけではなく、平日なんかもちゃんと走るようにしていくかもしれない。

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ホルスト : 惑星

ホルスト:惑星  四月の二枚目。クーベリックのマーラーが揃ったので次はどんな指揮者を聴いてみようかと迷っていたんだが、そういえばサイモン・ラトルをまだ聴いていなかったなぁと思い探してみたら EMI からけっこうな数の CD が出ていることを知った。ついでに Wiki してみたら、ラトルはぼくと生まれた歳が同じだった。もっとも彼は 1 月生まれなので、日本式の学年でいえばひとつ上なんだけどね。ということでなんだか妙に親近感が湧いてきたので、彼がその昔イギリスで指揮していた頃の CD を購入。ホルストならそろそろ一枚ぐらいは持っていてもいい頃だろうし、ラトルがベルリンフィルで録音したやつもこの前出たばかりだから、それなりに数が揃ったところで聴き比べてみるのも一興だろうし。
 ということでラトルの「惑星」である。
 ラトルは「サー」の称号で呼ばれているのでわかるように 30 代の若さで「ナイト」になっている。それだけイギリス国内では貢献が認められたということだ。ただ、ベルリンフィルの指揮者になったときに「ドイツの伝統的な作曲家たちの演奏が少ない」という批判もされたらしい。とはいえ、このところ立て続けにいろいろと出しているから、きっとこれから名盤といわれるような録音を数多く出していくことだろう。
 「惑星」はホルストの代表作といってもいい作品で当初は海王星までしか発見されていなかったために、七つの楽章からなっている ( もちろん「地球」抜きだから七つなんだけどね ) 。ただ、ホルストが存命中に冥王星が発見されたにもかかわらず彼は頑として新たな章を加えなかったそうだ。それを補完する試みがいろいろとされたらしいが、最も有名なのがホルストの専門家でイギリス・ホルスト協会理事の作曲家コリン・マシューズによる「冥王星、再生する者」で 2000 年に作曲されている。
 この「惑星(冥王星付き)」は、ラトルがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して録音している。もっとも現在では冥王星は惑星から除外されたので、ホルストが正しかったといえるかも。
 実際に聴いてみると壮大な曲で確かに宇宙空間に浮かぶそれぞれの「惑星」を思わせてくれる。ちょっと真剣に聴き込んでみるつもり。

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2008.04.14

英語は逆から学べ!

英語は逆から学べ!~最新の脳科学でわかった!世界一簡単な外国語勉強法~特殊音源CD付き(全外国語対応)  今年の 21 冊目。苫米地 英人「英語は逆から学べ!」読了。
 なんだってこんな本に辿り着いたのか、実はよく覚えていない。適当に Web 巡りしていたらぶち当たったようだ。で、内容の紹介を読んで興味を持ち、即買いと相成ったわけである。なんでもサブリミナル効果のある音源の入った CD というやつが同梱されている。ほんとうに効果があるのかよくわからないが、まぁ、この値段で CD 付きなんだと思えばさして効果がなかったとしても腹は立たないだろう。
 内容としては、とりあえず勉強の仕方として日本語の頭の上に英語を乗っけても駄目だよという主張がベースになっていて、最新の脳科学だか言語学だかの考え方をさらりと紹介して解説している。まことにもってもっともな話だと思う。だから、英語の領域を脳の中に新たに作ることからはじめましょうということになっている。
 で、その方法としては映像を見ながら英語を聞くことに徹しましょうということが書いてある。
 実は、その昔アとあるで仕事をしていたときに、翻訳をお願いしていた方がそれと似たような話をしていたことをこの本を読んで思い出したのだ。
 彼は「英語で話したり書いたりするときは、英語で考えている」といっていたのだ。いや、それを聞いたときはびっくりしたけどこの本の内容とぴったり合っている。まったく別の人が同じような理屈だったり、原理だったりを話するときはかなり信憑性がある、とぼくは思っているので、ああ、これはその通りなんだねと納得してしまった。
 ということで、どこまで時間がかかるのかわからないけど今日から DVD を字幕なしで観ることにする。
 今日はとりあえず「ボーン・アルティメイタム」を。いや、このところこの DVD を英語字幕で観るようにしていたので丁度いいかと思ったわけ。で、字幕がない方が確かに英語の言葉が頭に入ってくるんだよなぁ。理解できているのか、実際に正しいのかどうかはともかくとして、まず音を覚えるというのが、確かにぼくが日本語を覚えた覚え方だったはずで、だからその通りでよかろうと思っているのだ。
 とりあえずアイ キャンツ スピーク イングリッシュ から一ミリでもいいから脱却できたら凄いじゃない。いや、マジで。

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街場の現代思想

街場の現代思想 (文春文庫 (う19-3))  今年の 20 冊目。内田 樹「街場の現代思想」読了。
 2004 年に出された単行本を文庫化したもの。全体は三部に分かれていて、その最初は文化資本というものについてだ。この話のポイントは「文化資本を獲得しようと足掻けば足掻くほど文化資本を身につけることはできない」という皮肉な結論である。初っ端のこの話から、なるほどどぼくは頷きっぱなし。まぁ、いつもぼくはこの人の言説をただ頷いて読んでしまうんだけどね。
 第二部は「負け犬の遠吠え」に関する言説である。で、第三部が本人もいっているが「いかなる問題についても ( 自分がよく知らない主題についてさえ ) ただちにお答えできるという特技を持っている」ということで、いろいろなテーマに関してバッサバッサと快刀乱麻のごとく質問に対する回答を展開している。その切れ味はまことに見事というほかない。ぼくにとってはとても大切な指針を示してくれている。それだけでなく、とても重要なことを教えてくれていると思っている。

 それぞれの質問ひとつひとつ対する回答もなかなか含意に満ちたものになっていて、とてもおもしろかったんだが、最後の質問に対する回答は実に興味深いものであった。ラカンの「人間は前未来形で自分の過去を回想する」という考え方をベースにして「死ぬことの意味」を考える大切さを述べるということで締めくくられている。ぼくが常々思っている「独りで生きる覚悟」と同等の視座でもある、と勝手にぼくは解釈しちゃっている。生きるということがどういうことなのかということを考えるためには、対局として「死ぬ意味」をきちんと考えなければいけないということである。そのためにラカン的な視線で自らを振り返ることになるという話になっている。どういうことかというと、人は未来のある時点から現在を振り返る形で自らの人生を観ることになる、といっているんだけどね。この考え方はとても大切なことじゃないだろうか、と「独りで生きる覚悟」をしているぼくには思えてならない。
 まぁ、いつものことではあるんだけど、なかなか見事な斬りっぶりでついつい勢い込んで読んでしまったけど、これもしかしたらとても大切なことをぼくに教えてくれる一冊になるかもしれない。もちろん何度でも読み直す必要はある、というかもっともっと深く読まなきゃいけないんじゃないかと思っているということなんだけどね。
 やっぱり彼の本はしばらく無条件で読むことにしよう。

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2008.04.10

あるようなないような

あるようなないような (中公文庫)  今年の 19 冊目。川上 弘美「あるようなないような」読了。
 1995 年から 98 年ぐらいまで、本人によると「毎日の生活の中で考えたよしなしごとを書いた文章を、集めた本です」ということになる。それを文庫にしたものだ。いろいろな雑誌などに掲載されたものを集めているので、とても雑多な感じがする。もちろんそれをわかっていて買ったわけだから、だからどうのこうのということはない。デビューした頃からなんだかいろいろな形で文章を書いているんだなぁ、とただ思うだけである。中にはなんだか生っぽいものもあるんだが、芥川賞を取ったあたりのものはなんとなく川上弘美らしいさが滲み出ている気がする。

 ほんとうにいろいろな話が書いてあって、彼女の生い立ちなんかがうっすらら見えるものがあったり、現在の、といっても書かれた当時だからすでに 10 年以上も前のことになるんだが、その頃の彼女の実際の生活がなんとなく想像できる内容のものなんかがあって、そういう意味ではとても興味深く読めた。
 それでもあれだなぁ。日記の方がもっと彼女らしいとは思う。

 しかし、そうか。彼女、バラードが好きだっていってたっけ? なんか聞いたような気はするけど、もう記憶なんてほんとうに朧気になっていて、大学の頃、お茶の水の喫茶店で彼女とひと言ふた言交わしたことは思い出しても、内容まではさっぱり覚えてないなぁ。
 で、新作が出ているんだけど、どうしようか? 買うべきなのかどうなのか現在思案中だったりする。

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2008.04.08

ヘッドホン

SONY 密閉型インナーイヤーレシーバー 「N・U・D・E EX」 MDR-EX90SL  新しいヘッドホンを買った。
 「N・U・D・E EX」 MDR-EX90SL
 ほんとうはその前に NIKE+ iPod を買いたくて少しずつだが貯金をしていた。来月には iPod NANO と Nike + iPod Sport Kit を買うつもりでいたのだ。ところが、iPod のいらない NIKE+ SportBand が発売されることを今日、知った。アメリカでは今月の 10 日に、日本でも来月下旬には発売されることになっている。
 だいたい音楽を聴きながら走るという習慣がぼくにはないし、とりあえずなにかを聴きながらでなければ走れないわけではない。であれば iPod 5G も iPod touch も持っているのにさらに iPod NANO を買う必要はない。
 ということで、以前から欲しかったヘッドホンを買ったというわけである。

 すぐに iPod touch に繋いで聴いてみる。
 いや〜、音がぜんぜん違うわ。なんなんでしょうねぇ、これは。まぁ、SONY 製ということで高音がシャカシャカするという評価もあるらしいんだけど、もともとぼくは SONY の音が好きなのでそのあたりはまったく気にならないし、そんなに音質にこだわりがあるわけではない。でもいままでと比べてとてもクリアな音がするし、いままで響いていてもきちんと聞こえていなかった音までちゃんと聞こえるのでとりあえずは満足している。しかも楽器それぞれがしっかりと鳴っているしなによりも音全体に力が漲っている。
 もうひとつ上のグレードの MDR-EX700SL があるんだが、これがなんと三倍の値段なのだ。きっともっと素晴らしい音がするんだろうが、さすがにたかがヘッドホンにそこまでかける酔狂ではないのでこれで充分納得している。というか、その前に家のスピーカーにもうちょっと金をかけてからその次ね、というのが正しい選択のような気がする。
 ということで、これからはこれで iPod の音楽を聴くことにする。

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2008.04.06

デュアルなのにシングル

 新潟のホテルでメールのチェックをしていたらやたらに MacBook Air の動作が重いのでもしかしたらと「アクティビティモニタ」で CPU の動作を確認してみたら、片方死んでいた。なるほどこれが「ネタフル」にあったシングルトラブルなのね。ということで「ネタフル」のページから Apple のサポートページにジャンプ。そのページを参考に SMC をリセットしてみたらどうやら治ったようだ。昨日の夜からファンがずっと回りっぱなしだったようだけど、なにが原因で片方の CPU が死んでしまうのかよくわからないし、Apple からの正式なコメントもない。
 もしかしたらそのうちソフトウェア・アップデートで治るのかもしれない。って期待しないで待ってみよう。

 ただこのトラブルこれで終わりではなく、というかきちんと SMC リセットができていなかったのかもしれないけど、気がついたらまたファンが回りっぱなしになっちゃってて五月蠅い五月蠅い。仕方ないのでもう一度 SMC をリセットし直してみたら、ファンも止まったし今度はちゃんと治ったようだ。
 そんなにヘビーな作業をしているわけではないから CPU に高負荷は与えていないと思うんだけどなぁ。
 いや〜人ごとだと思っていたんだが、我が身に降りかかってくるとは。とりあえずいまのところ治ったようなので問題ないけど、気にならないといえば嘘だよね。

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2008.04.04

丸刈り

 高田馬場の QB HOUSE で髪を切る。
 バッサリとかいうレベルではなくてきっぱりと丸刈りにしてしまう。髪の長さは 6mm。最初はどうなっちゃうことかと不安だったけど、バリカンで刈られた髪が落ちていくとき、実はちょっとだけ気持ちがよかった。髪がどんどんなくなっていくんだけど気持ちが軽くなっていくのがわかる。うん、なんだか憑き物が落ちていくみたい。
 最初はちゃんとした理由があったはずなんだがそのうちそんなものどうでもよくなってしまって、頭を丸めるということが目的化しちゃったといえばいいんだろうか、ともかくできあがった頭を見て、まぁ、こんなものかと納得してしまったりして。
 それでもおもしろいもので頭を丸めると歩き方から変わるんだよなぁ。
 人間って外形でどんどん自分を変えていくことができるんだなと、いまさらながら実感。ということでややがに股気味にぐいぐい夜の街を歩いてしまったのでありました。
 しかし、みんなこの頭見たら驚くだろうなぁ。

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女は何を欲望するか?

女は何を欲望するか? (角川oneテーマ21 A 79)  今年の 18 冊目。内田 樹「女は何を欲望するか?」読了。
 しばらく内田樹の本は無条件に読んでみようと思っているんだが、この本はいつもの Blog からあれこれ抜き出して一冊にしてみましたというやつとは体裁が違う。単行本の新書化ではあるが、本人の伝によるとかなり加筆訂正しているためにまったく違うものになっている可能性があるらしい。中には、単行本とは違う結論に至っている個所もあるかもしれないということだから、この新書版がいま現在の内田樹の「フェミニズム」に対するスタンスと理解していいだろう。
 「フェミニズム」という考え方にぼくはまったくといっていいけれど疎いし、馴染んでいないし、きっと理解もしていないし、「フェミニスト」の人たちと話をしたこともないのでまったくわかっていなかったが、そういうこと、つまり「フェミニズム」ってなんなのということだけど、をまったく抜きにして読んでもおもしろい本でありました。
 「フェミニズム言語論」と「フェミニズム映画論」の二章からなっていて、一章では「言語」を「語る」「書く」「読む」ということはどういうことなのかを、フェミニストたちの言説から引いて、彼なりの説明をしている。ぼく自身が感心したのは「言語」を「語る」「書く」「読む」ということはどういうことかということを、思想的な立場を別にして理論的に解説してくれた点で、とても興味深くそしてためになる話をたっぷりと聞かせてくれたことである。
 ということでもわかるように「フェミニスト」だろうが、まったく関係なかろうが「言語」を「語る」「書く」「読む」ときの問題というのはほぼ同じようなものであることがわかってしまうようになっている。
 二章では映画「エイリアン」シリーズが内包しているさまざまな記号を「1」から「4」まで順序立てて、その当時のアメリカの社会背景と合わせて解いている。これまたとても興味深い話をたっぷりと楽しむことができた。
 ということで、ぼく的には「言語」と「映画」に関してとてもおもしろい話が読めた一冊であった。
 しばらくはこの人の本を読み続けることを再確認。だって内容が知的でとてもおもしろかったんだもん。

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2008.04.01

ショパン:ピアノソナタ第2番 & 第3番

ショパン:ピアノソナタ第2番&第3番  四月の一枚目。マーラーの交響曲がとりあえず揃ったということで、次はどうしようかとかなり迷った。ブルックナーにしてもよかったんだがこれといったシリーズがなくて、ならばいっそいままでとは趣の違うものをということでショパンにしてみた。ポリーニを聴いてみたかったんだが、どの CD がいいのかさっぱりわからず、しかもどれもそれなりのお値段がする。ということで、内田光子にしてみた。
 彼女の演奏はすでにモーツァルトのピアノコンチェルトで知っているので安心だしね。
 第 2 番は、第 3 楽章に有名な葬送行進曲が用いられていることから「葬送」または「葬送行進曲つき」の副題でよく知られるピアノソナタ。もっと陰鬱な曲かと思ったけどそんなことはなかったなぁ。聴き込むとそれなりに気に入りそうな予感も。いや確かに自虐的な部分を慰撫してくれるかもしれないということはあるんだけどね。
  3 番は 2 番とは打って変わって古典的構成美を特徴とした、曲想、規模ともに堂々たる大作。こちらは伸びやかな印象の曲。
  モーツァルトのピアノソナタのときにはもっと反響音のある録音だったけど、これはどちらかというとストレートな響きがしている。もしかして曲によって変えているんだろうか? そういえばライナーノーツでも本人がスタッフについて言及している一節があったから大いに考えられる。

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